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2006年2月27日 (月)

たてわり清掃

タイトル読んで、今日の話の内容がわかった人はエライ!・・・というか、いないと思うよ。「たてわり清掃」・・・この一読してわかるようなわからないような言葉は何かと申しますと、小学校卒業アルバムに掲載されている私の作文のタイトルなのです。普通、卒業文集に書くときって「小学校の思い出」に代表される6年間で印象に残ったことか、「大人になったら」等、大きくなったら何になりたいか、を熱く語るものですよねー。少なくとも私はそう思っていました、昨日まではね。

実は週末、久しぶりに実家に戻っておりまして、話の流れで昔のアルバムを紐解いてみようということになり、小学校から短大までの卒業アルバムを見始めました。写真もそれはそれで十分に笑えるものでありましたが、母と私とその日一緒にいた友人のAちゃんの目に飛び込んできたのが「たてわり清掃」の文字だったのであります。普通、卒業アルバムに載せる作文にこんな題で書く人いないよねーということになり、その時点で既に大爆笑。でも、物事を何でも好意的に捉える私たちはきっと他の人も色々なテーマで書いていたんだよ、ということになり他の人達の作文を見たのですが殆どが「6年間で楽しかったこと」とか「中学生になったら」という無邪気、かつ子供らしいタイトルが並んでおりました。その中で「たてわり清掃」の文字は一際異彩を放っていましたね、うん。

・・・ということは、私にとっては小学校6年間の最大の思い出が掃除についてだったのか、といささか愕然としながら本文を読むことに(でも、既に笑いでまともに読めない)
内容もさることながら、書き方がエラソーなのでビックリ。だって小学生が「○○だからだと思われる」とか書いているんだもん、うぷぷ。
そして、肝心の内容について要約すると

・たて割り清掃とは何ぞや→昼休みの後に全校で掃除分担を決めて各学年混合で掃除をすること(だそうです)
・自分は当初たてわり清掃がきらいであったことと、その理由→同じクラスの仲間とやれば気心(きごころって小学生が使う言葉か!?)知れていて楽だということと、下級生は真剣に掃除をしないから、というのがメインの理由だった(らしい)
・でも、少しずつたてわり清掃の良さに気付いたということ→色々な学年の人と知り合える(そうな)
・現状のたてわり清掃における問題点と改善案→昼休みの後に掃除をするので時間が限られていてきちんと掃除ができない。(自分の部屋はちらかし放題だった割にはマジメなこと言っているし・・・)解決策として放課後に掃除を行うことを先生に提案(27年前の私はかくもマジメかつ熱い人だったのかしらん)
・提案事項が却下された理由と感想→低学年と高学年では授業終了時間時間が異なるので昼食後しか全校で掃除ができないと言われ、それもそうだと納得した(らしい)それにしても先生もよく付き合うよね、こんな子供に・・・
・自分が最上級生になって変ったことと下級生の態度について→当番休み制が導入され、下級生が休みを目指して頑張って掃除するので効率が上がったのが良かったとコメント(ここまでくると病的なこだわり?)
・たてわり清掃のシステムが長く続くことへの祈願

・・・ざっとこんな感じの内容になっているのです。すごいでしょぉぉぉぉ?この作文だけ読んでいると牛乳瓶底のめがねかけたマジメな人みたいだけど、それにしても「たてわり清掃」だけでよく、ここまで書けたもんだと驚きを通り越して感心しちゃいました。

ま、このブログもお題は大したことなくてもズラズラ書いているし、筆不精は筆不精でも書き始めると長くなるところは小学生の頃から変っていないということなのかもしれません。「三つ子の魂百まで」というやつですね。だから自分は文章を書くことが嫌いではないのだ、と言い聞かせて頑張ってブログ書いていきます。

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2006年2月25日 (土)

ストレスとお友達になろう!?

昨年末に数日間入院なるものを経験しました。小さい頃から小児喘息以外は基本的に大病をせず、怪我しても杖を突くほどの大きなものはなく、強いて言えば仕事を始めてからのストレスによる体重の増加(食べすぎ、飲みすぎではない!)が注意事項に当てはまるくらいで、ちょこちょこと風邪ひいたりするものの大事にならず、全般的には元気な方だったと思います。
ところが、入院した理由は(これを読んでいる方は殆どご存知だと思いますが)「急性心筋梗塞」でした。そりゃービックリですわ。(ちょっと関西風に読んでね)
確かに医者嫌いの私が「ただ事じゃない」と感じて、自ら心電図を取って欲しいと面倒くさがるお医者さん(何で、面倒くさがったか推測すると、その日が休日で看護師さんの数が足りなかったから、だと思われます、ってオイオイ)に食い下がった程ですから、オオゴトだったんですけど、案外、自分では「この程度で死ぬわけない」という根拠レス(根拠がない、という意)な自信はありました。むしろ、病名を聞かされた家族や友人の方が蒼ざめたのでは、と今更ながら周囲に心配をかけたことに申し訳なく感じる、と同時に人の優しさや思いやりで自分は生かされていることを強く実感した出来事でありました。

私の心筋梗塞(マイ心筋梗塞ってか)は決して高コレステロールから血液が詰まったり、動脈硬化になったりしたわけではなく(これも周囲に何度も説明済みなので、「またかよ」って思われるかな、きっと)ストレスにより血管が痙攣したことが原因だそうです。ちなみに、お医者さんも初見では「きっと、こいつはこの体型だし血がドロドロなんだろーな」的予測をしたらしいのですが、思いのほか私の血管がキレイだったようで驚かれたとか・・・やさしい主治医の先生はあからさまには仰いませんでしたが、退院の朝、私に今回の原因等を説明してくれるときにポロッと「予想に反してコレステロール値も低く・・・」と無意識のうちにこぼされていましたから(苦笑)

とにもかくにも、心筋梗塞を起こしたにも拘らず3日で、しかも集中治療室から直接退院できた私は本当に運が良かったのだと思います。退院時、注意されたことは「ストレスを溜めないように」ということ。でも、現代社会に生きる私たちには「ストレスを溜めないようにすること自体がストレスを生みそう」と思ってしまうのです。だってさ、食事制限について聞いたときも返ってきた答えが「何を食べてよくて、何を食べちゃいけない」と思いつめること自体がストレスになりますから、好きにしていいです」だもん。単純なくせに臆病な私は「えーそれで、好きなもんばっかり食べていてまた、病気になったらどうしよー」なーんてストレスをかんじてしまい・・・・と書いていくと堂々巡りになってしまうのでここらあたりで一旦やめますね。そんなわけで、今年の目標は

「しっかり休むこと」

でも、これが結構難しい。何せ元来の働き者、なーんてキレイなもんではなく、ただの貧乏性、或いは自虐的な性格?、理由はともあれ、要するに忙しくしているのが好きな性質なので、ついつい予定を入れてしまいます。特に起業してしまうと、「働かない=お金ない」という実に単純な図式が成り立ちます。その図式が巻き起こす恐怖感がまたストレスとなり・・・・結局、人はストレスから逃げられないのね、なーんて達観してみたり、心の中は大忙しなのですが、人の身体って不思議だなと思うのは元気になるとそういったことが気にならなくなるんですね。私の場合も、退院直後や何となく不安が残っているうちは自然と無理をしなくなり、元気になってくると今までのペースで予定を入れたりする・・・人間の本能はスゴイです。

それでも、やはり「命あっての物種」です。
ストレスを感じない程度(苦笑)に休みつつ、今年は心身ともに健康で良い1年にしたいと、1年の1/6が既に終わろうとしている今日、しみじみ思うものであります。

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2006年2月24日 (金)

ババシャツととっくりと私

昨日は、半年間準備をしてきたフォーラムがありました。何のフォーラムかというと、出身校の同窓生の為のビジネスフォーラムで、卒業生同士のネットワークを広げるお手伝いになれば、と企画したのです。本件に関しましては同じ実行委員仲間のかるごやエレガンスと美を愛しバレリーナスタイルなるもの(これは日本広しと言えども彼女しかできないね、うん)を提唱しているマダム由美子さんのブログでも紹介されているので、是非、ご覧下さい。
そのフォーラムで、僭越にも講演をさせて頂きました。基本的に笑いを取ってなんぼ、の精神を大阪生まれでも何でもないのに持ち合わせている私としては、まあ、無難に任務を果せたようだったのですが、進行中、ちょっとした不幸が身の上に降りかかりました。

「部屋が暑い」

暑い部屋で真剣に喋っていると更に暑い→そうなると必然的に顔が上気してくる(おかげさまで人前で話すことに緊張はしない、というよりどちらかといえば好きです、ハイ)→しかも直前まで準備でバタバタしていた→その上、用意してきたパソコンがうまく作動せず、使うはずの資料が使えない→一瞬慌てる→顔が赤くなる・・・こんな感じでみるみる私の顔はまるでお酒を1升飲んだ後の人の顔色になっていったのでした。
更に付け加えるなら、私は新陳代謝が良い上に血行も良い。(ちょっと前に血行どころじゃない事件があったけど)そんなわけで周囲に余計な心配をさせるような顔色で怒涛のごとく喋ったのですが、これには更に事情があったんです。
実は、昨日は夜から冷えるだろう、という予測の元にセーターの下に保温素材のシャツ(ババシャツ)を着込んでいました。ババヒキも・・・。要するに上半身も下半身も保温素材で包んだ上、来ていたセーターはタートル(一昔前はとっくりって言っていたけど、いつの間にか死語になったね)、しかも、一応、人様の前で喋るわけだからスーツ着用・・・そりゃー真冬でも汗かくよってなわけで
「過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し」
帰りのことを気にする前に、美しく(というほど大層なものではないが)話すことを心がけるべきだったと後になって反省したけどもう遅い。今後は気をつけるべし!でも、風邪は引きたくないしね~。

で、おまけに書いちゃうと(かなり恥ずかしい)、実はこのフォーラムに母親が参加していたのですが(普段、私が話しているところを当たり前だけど見る機会がないので、一度くらいは良いかと呼んでみた)、ふと見れば、母親も同じくらい赤い顔している・・・飯野家ってヘモグロビンが多いのかぁぁぁ???親子でユデダコ状態の一夜でした マル

それにしても、このブログにダントツでコメントをくれるのは姉だし(いや、嬉しいんですよ)、うちはもしかして結構、結束固い家族なんだなー、ははは。家族が仲良いのは良いことだ!!! ま、あんまり人様の前にさらすモンではないけどね(苦笑)

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2006年2月23日 (木)

些細なプライド粉々事件

前回、バースのことを書いていて突如思い出したことがあります。

英語を勉強していて「我ながら上達したな」と思う瞬間ってありますか?私の場合は「英語で夢を見る」「寝言を英語でいう」「目覚めたときなど、心構えをしていないときに咄嗟に英語がでる」の3つを目指していました。どうやら「英語でものを考えることができないとできません」と、学校の先生が仰っていたのが印象に残っていたからだと思います。どれか一つでもできたら格好イイですよね。(ただのイヤミに聞こえるかもしれないけどね)
しかし、完全熟睡派の私は日本語で見る夢さえ殆ど覚えていないので、もしかしたら英語で夢見たかもしれないけど覚えていないし、寝言を何語で言っているか自分で理解できたら、それはもはや「寝言」とは言わないだろうし(もしくは隣で誰か見張っていてくれないと立証できない・・・録音するには長時間過ぎるだろうしね)、そうなると3番目の「咄嗟に英語がでてくる」というのでしか自分が上達したと実感できない、という理屈になります。

なかなか「咄嗟に英語を喋る」機会にめぐり合えなかったのですが、そのチャンスはついにやってきました。

1年間の留学をほぼ終え、いよいよ帰国という数週間前に敬愛する(うぷぷ)姉と、せっかく可愛い(かどうかわからないけど)妹がイギリスにいるうちに合流して一緒に旅行しよう、ということになりました。最初の滞在先はそのときホームスティをしていたボーンマスでした。ここで、ホテルトレーニングスクールに通っていたのですが(前回のお話通り、バースでホテルに目覚めた私は知識と技術を得るため最後の学期をホテル学校で過ごしていたのです)、ホストファミリーのご好意で2日間程、姉もスティ先に泊めて頂くことに・・・丁度、私が使わせて頂いていた部屋はツインベッドなので二人で仲良く枕を並べ、その日は久しぶりの再会に夜遅くまで語り合いました・・・かどうかは全然覚えていないのですが、ここで、ついにやっちゃったんですよー。
姉が夜中にトイレに行く為に部屋の電気をつけたその瞬間!!
「What's up!?」(どうしたの?)と言った・・・らしいんですね、私。(本人はあんまり覚えていない)姉は感動したらしく「やっぱり1年勉強していると、ビックリしたときに英語がでるんだねー!とんちゃん(家でそう呼ばれています)、すごい!!!!」と褒めてくれました。(親バカならぬ姉バカ?)私は内心、ニマニマしつつ「そう?、ま、これくらいできないとね」とかなんとか言って表面上はクールに(どこかじゃい?)流したのでした。

話がここで終わればただの小さな自慢話なのですが、実はここからが本題(?)。

旅は順調に続き、ロンドンのとあるホテルに滞在していたときのこと。
姉は再び夜中にトイレに行こうとしました。(それにしてもよく夜中に起きる姉です)滞在していた部屋はベッドが2台くっついている一見するとダブルベッドルームに見えるハリウッドツインと呼ばれるタイプのお部屋でした。
姉は半分寝ぼけ眼で意識朦朧としながらも、トイレに近い側で寝ていた私を乗り越えた方が早いと判断したらしく私をまたぎながら一言「エクスキューズ・ミー」と言い放ったのです。

・・・・「エクスキューズ・ミーだぁー????」
その一言をこれまた朦朧とした意識の中で聞いた私の気持ちをご理解頂けますか?
「滞在1年かけて、私はやっと「ホワッツ・アップ」が言えたのに、この人はどうしてイギリス滞在5日間で「エクスキューズ・ミー」が言えちゃうの?????ガーーーーン」

「門前の小僧習わぬ経を読む」・・・姉さん、あなたは大した人です。

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2006年2月21日 (火)

思い出した、大切なこと

先日、ある人と話しているうちに自分の経歴を簡単に話すことになり、(といっても簡単だと思っていたのは私だけで、聞いている方はゲップがでていたかも・・・汚い表現でスミマセン)自分がホテル業界に入るきっかけを思い出しました。

それは、19歳の頃、1年間イギリスに語学留学させてもらっていたときのオハナシ。
出発前の成田空港で(羽田じゃないよ!)偶然買ったアーサーヘイリーという作家のホテルという小説との出会いでした。この小説はアメリカの古いホテルを舞台に、そのホテルの買収劇やら、働くホテルマンの人間模様やら、そこに集まるお客様が引き起こす様々な事件が絡み合って進行していく傑作です。今、アマゾンみたら中古で1円から販売していてちょっとフクザツだったけど、興味のある方は是非、ご一読を。
この本を読んでから、漠然と「ホテルで働くのって良いかも」と思い始めたのです。

そして、ある日のできごと。私が主に滞在していたのはイギリスのBath(バース)という街だったのですが、ホームスティ先の近所に7室しかない、イギリスの大邸宅を改装したプチホテルがありました。
ちなみにBathは大好きな街で、何度でも行きたくなる場所です。東京が第1の故郷なら、Bathは第2の故郷、上海が第3かな・・・
話を戻すと、そのプチホテルはオーナーと思しきおじいさんとシェフとフロント兼お給仕兼掃除係のおばちゃん1人(きっと他にもいたんだろうけど、私の視界には常にこの3人しかいなかった)の3人で切り盛りしているようでした。お部屋の色調にあわせて、それぞれ「シャンパンルーム」とか「ローズルーム」とか「オーシャンルーム」と名付けられていて、食後のお茶を頂く居間には古い暖炉があり(小坂明子の「あなた」みたいだけど)、ダイニングルームは天井が高く、決してゴージャスではないんだけど、しっかり清掃が行き届いていて、シルバー(ナイフやフォーク類)やクロスは高品質なものを大切に使っている・・・本当に18世紀のイギリスを垣間見るみたいで、それは優雅な気持ちになれたのです。(今日のブログは私の友人であるマダム由美子さんのブログのように気品漂う感じだわ、ふふふ)

でも、私が一番印象に残っているのは、そこにいたおじいさんとシェフとおばさんの「何気ない優しさ」と「気配り」です。ユーモアたっぷりでいて、親切なおじいさん、無口だけど、こちらがディナーを一口食べておいしそうな顔をすると「にやっ」と笑い、次の料理を用意してくれるシェフ、快活でどんなことでもテキパキと判断し、その一方で朝食のトーストに「グッドデイ」という型押しを入れてくれたりするお茶目なおばさん(特に私の英語なんて、かなりいい加減だったと思うんだけど、嫌な顔せずニコニコ聞いてくれました)、。私のホスピタリティの原点はたぶん、あそこにあるんだと思います。

ちなみに大胆で後先考えなかった当時の私は、「将来はここで働く!」宣言をある日、おじいさんにしました。おじいさんは笑いながら「お~ディア。おまえが本当に働きたいならいつでも来なさい」というようなことを何度も言ってくれました。冷静に考えたら20年前のイギリスで日本人が就職するなんて、とても無理だったと思うのですが、その時は、おじいさんがそう言ってくれるだけで大満足。でも、大胆な癖に小心者の私はその後、しっかり日本で就職するのでした。チャンチャン。

結局、ホテルオークラとご縁があり、16年勤務させていただくことになるのですが、あの時に受けたサービスや心配りは私が忘れてはいけない大切なホスピタリティマインドの原点です。

「初心、忘るべからず」 たまに昔を思い出すのは大切な作業ですね。

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2006年2月19日 (日)

おいおい、大丈夫かな~

最近、教育について色々と話を聞く機会が増えました。自分自身、大学で学生さんにお話させて頂く機会があり、更に4月からは週1回、講義なんていうものまでやらせて頂くことになったので、尚更、その手のお話に興味がある、ということも話が耳に入ってくる理由の一つだと思います。教育といっても家庭教育、学校教育、社会教育・・・学ぶ方法、内容は様々です。しかし、今朝の日本経済新聞の特集記事を読んで愕然としました。

とある大学の話ですが、最近は学生が「先生、ちゃんと出席を取ってください。」と言うそうな。更に、休講になったときは学生が事務所に来て「補講はやってくれるんでしょうね」と念を押していくこともあるとか。いや、本来、学生の本分は勉強ですから(書いていて笑っちゃうくらいベタな表現だ!)、それで当たり前と思われるかもしれませんが、自分のときのことを思い出してみてください。少なくとも私は”休講=ラッキー”なものとして、その権利を拝受し、そのために余計な課題がでないことを祈りつつ、自由な時間へ羽ばたいていったものでした(大げさか・・・)
ちなみに新聞記事によると、何故、出席を取って欲しいかというと、
・試験だけでなく、出席した熱心さも買ってほしい
・サボった人と同じ評価は納得できない
からだそうです。
他にも、教授の字が小さくて読みにくいなど板書の改善を求める声があったり、大学によっては、リポートの書き方が分からないという学生に対して、句読点の付け方などを初歩から教えてくれる相談室があるとか、いやはや学生サマサマです。少子化が進み、大学志望者総数と合格者総数が同じになる「大学全入時代」にまもなく突入する現在、学校も経営維持の為、学生(顧客)満足に走らざるを得ないのかもしれません。板書に苦情とかつけられちゃうんだったら、私も今からu-can(一昔前なら日ペンの美子ちゃん?)に通わなきゃ・・・変な冗談とか言ったら学生に注意されたりして・・・・ひょえ~!

・・・ちょっと待て~!!! それで良いのか今の学生!?

学生にとって「出席する熱心さ」は評価の対象なのかい?「サボった人と同じ評価」って、評価をつける為に試験というものがあるんじゃないの?先生の温情っていうのは、普段の態度を先生の側がちゃんと見ていて、その学生の将来を考えてあげるもので、出席態度まで学生側のカードになっちゃうのかな~。これじゃ、サザエさんやちびまるこちゃんに出てくる先生も金八先生もノイローゼになっちゃうよね~。
そのうち、小学生までもが0点取って叱られたら「だって、私は一生懸命学校行ったもん!」とか逆ギレされちゃうのかな・・・

まぁ、今は学生のうちから起業したり、積極的にボランティア活動したりする若者も大勢いるので、もちろん、皆が皆、受身というわけでもないし、記事も一部の人のことを書いてあるのだということはわかります。
器用に点取りをすることは、不要とはいいません。個人的には好まないけど、生きていく上でそれが必要な場合もあると思います。でもねー、器用さは養えても、何かを深く知ろうとか、考えようということをしないまま、歳ばっかり取っていっちゃって、ある日突然、虚しくならないのかなー。きっと、ならないんだろうなー。
でも、もっと恐ろしいのは学生時代、常に「やってもらう」のが当たり前で受身のまま、権利の主張はしっかり覚えて、社会人になる人が確実に増えるっていうことですよね。社会人になるというのは「社会を創る側」にまわることだと、私は思うのですが、こんなんで良い社会が出来るのか、と思うとねー。

・・・とここまでを読み返してみて、一言。「ばばくせーーー!!!」 
急に自分が年寄りになった気がします。確実に歳をとっているということをブログで実感してしまった。でも、年寄りと言われようとも、学生時代にはそのときにしかできないことってありますよね。もちろん、友達にも「なーんにもしないで学生時代は過ぎちゃった」っていう人もいるし、私だって四六時中、充実していたわけではありません。でも、悶々と過ごした人も、楽しく過ごした人もそれなりに、「今」に向き合っていたんではないでしょうか?そして、それが本質を考える訓練になっていたんじゃないかな、なんて思うのです。

「学びて思わざれば即ち罔(くら)し」
学んでも考えなければ本当の理解は得られないという意味だそうですが、HOW(如何に)を学ぶだけでなくWHAT(何)を追求することも大切だと心の底から思います。

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2006年2月18日 (土)

いつまでも変わらない

オークラ時代の友人6人と食事をしてきました。私のオークラ勤務、最後の2年半を共に働いた仲間達です。そのうちの2人を除き、あとの私を含む5人は既にオークラを退職しており、オークラで頑張っている2人も、以前いたセクションから異動しています。

それにも拘らず交友が続いているのは一人一人の類稀なる個性が(どんな?)うまく調和しているからだと思います。

在職中は色々と迷言を生み出し、皆を脱力と共に笑いの世界へ引き込んでくれる人(彼女は電話でお客様と話しているときに真剣になるあまり「様々なプランが少々ございます」とか「シングルのお部屋が少々満室でございまして・・」とわかったようなわからないような発言をとてもスマートにやってのけていました。でも、本当に心の温かい、周囲を和ませてくれる大切な人です。)、何やかやとお騒がせながら、自分なりに頑張っている人、何年経ってもマイペース♪、自他共に認める他人を腹立たせるセンスのある人、私よりひとまわり近く若いのに、誰よりも長く生きているような発言をかます人・・・こうやって書いていくとまるで珍獣園。
でも、彼女らに言わせると一番の珍獣はきっと私なんだろうなー(苦笑)

本当に家族以上に一緒にいましたからね~。朝8:00頃から夜遅いときは11:00近くまで。今の世の中、企業によっては隣の席の人にも業務連絡はメールで、というところもある中、チョーアナログな仕事の進め方だったと、振り返って感じます。
温厚な(ホントか、おいおい)ワタクシも時にはデスクを「バーン」と叩いてみたり、仁王立ちして(!)叱ったり・・・

仕事をする、ということは、与えられた任務・責務をしっかり果すことがもちろん第一ですが、若い人にとっては、もしかしたら相手を思いやったり、力を合わせてコトを進めたり、と人間力形成の場でもあるのかもしれません。
自分自身、思い返してみると業務上の失敗等で叱るより、約束事を守らない、とか筋を通さないということで注意をしたことの方が多かったような記憶があります。注意をする、なーんていう生易しい表現では収まらないこともあったような・・・気がしますけど・・・こういうのって言った方は結構忘れるけど、言われた方はいつまでも覚えているんですよね(笑)

当時は50代が一人、30代が4人(ちなみに私はここに含まれます)、あとの8人は20代半ばという構成でした。朝早くから夜遅くまで、本当は文句タラタラだったかもしれませんが、とりあえず直接的には文句も言わず本当に良く頑張ってくれました。

仕事をしていく上で、会社が進む方向性をしっかり理解して、自分の力を発揮し、貢献することは言うまでもなく大切なことですが、一人一人のスタッフにとってはそこで働く時間が自分の成長に少しでもつながる、ということも同じくらい大切だと思います。そう考えると6人は課長が世話が焼ける人だった分、確かに成長していると思います。へへへ。

しょっちゅう会うわけではないのに、会った瞬間にそんなブランクを感じさせず、いつでも一緒に働いていたときの気持ちに戻れる、というのは私にとってとても貴重です。
「同じ釜の飯を食う」という言葉がピッタリの仲間がいる私は幸せ者だな~。

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2006年2月16日 (木)

そりゃないぜ、ベイベー

観劇は私の趣味の一つです。しかも、かなり好き!特にミュージカルは観ている間、別空間にいるような気持ちになれますし、感性も磨かれ・・・る様な気がします。気持ちが豊かになる、とでも言いましょうか。たまに「何で時間とお金使って、こんなん観ちまったんだーー」というように裏切られたりすることもあるけどね。(苦笑)
国内では劇団四季、宝塚、東宝ミュージカル等々、海外からくるブローウエィの来日公演も、もちろん観ます。ロンドンやニューヨークへ行けば、食事はしなくても必ず舞台は観るし、贅沢といえば贅沢だけど、お金には換えられない魅力を感じています。

中でも、宝塚は学生時代から観続けています。今は友人が現役宝塚生(ちなみに宝塚では出演者を生徒と呼びます)ということもあり、彼女の舞台を中心に観ています。知っている人が出ていると、それだけで楽しさ倍増(笑)、また、私の友人は役者としてステキなんだな、うん。
宝塚については、いずれまた、お話しすることもあるかもしれませんが、今日は、それを観に来ている人達の少々イタイお話。宝塚といえば、多くが女性ファン。子供はもちろん、若い人もいれば、ちょっと前まで若かった人、昔若かった人など世代は様々です。

それは、数ヶ月前のことでした。私は開演15分位に自分の座席に座り、ぼけ~っとしていました。そこにどこからともなく聞こえてくるおばちゃん達の声。

おばちゃん1「ええと、○列×番・・・○列×番・・・ああ、ここだここだ!」
おばちゃん2「あら~すごい観易いわ~!良い席で良かったね」
その席は私の右隣の二席でした。私がいると、どうやっても入れなさそうだったので、お二人が入りやすいようにと席を立ったそのとき!片方のおばちゃんに思い切り足を踏まれたのです。
私「・・・・・(心の中で「イテッ」)」
おばちゃん1「あら!」
私「・・・・・(心の中で「あら、じゃなくって「失礼」とか「ごめんね」とか言えんのかい!(怒)」)
私の心の中の怒りをよそにおばちゃんは、それ以降何のリアクションもせず、堂々と席に座りました。私も、釈然としないまま、さりとて、それほど目くじらを立てて怒るようなことでもないので着席しました。(劇場の座席前って結構狭いしね)

ところが話はこれで終わらなかったのです。
着席したおばちゃん達はどうやら劇場内で会った知り合いについて、その人達がどこに座っているか話を始めたのです。

おばちゃん1「○○さん、どこにいるのかしらね」
おばちゃん2「あの人、コネがあるから前のほうよ、きっと」
二人は一生懸命劇場内を見回しています。私は、もちろん、その会話に加わることもなく携帯電話か何かを鞄にしまうため、足元でゴソゴソしていました。そして、顔を上げたその瞬間・・・・それはおばちゃん1が「ああ、あそこだ、あそこにいるわー」と言いつつその人が座っている方向を手で示したのと同時でした。おばちゃん1の左手の軽いげんこつは私の右頬下部を捉え・・・見事ヒット!!!

「パシッ」(気分的には「バキッ」と記したいところですが、不幸中の幸いで、さほど強い力で殴られたわけではありませんでした。)

私「アイタッ」(ここは、主張すべきだろう。さっきも足踏まれたんだし)
おばちゃん1「あら!」
私「・・・・・・(無言ではありましたが、相当、恨めしそうな顔していたと思われます)」
おばちゃん1「あら、嫌だ!!」

以上、終了~!
ええ?それだけ?「失礼」もなければ、「ごめん」もなしかよぉぉぉ。しかも、嫌だって言いたいのはこっちのほうだよ!
もう一人のおばちゃんが「あら、当たっちゃったの?」みたいなことを言っていたような気もしますが、その辺はもう忘れました。
もしかして、当たったことに気がついていないのかな、なーんて一瞬善意に解釈しましたが、まあまあの勢いだったし、その後、確かに目があったし、そんなこともないかと・・・・

しばし呆然としましたけど、一人で呆然としているのにも耐えられず、結局、おばちゃんから「ごめんね」の一言も聞けず仕舞いでした。休憩時間には一声もかけずに私の前を無理やり通り飛び出していくし・・・(しかも、トイレ、トイレとか言いながら)
これぞ、正統派「踏んだり蹴ったり」(正しくは「踏まれたり殴られたり」だけどさ!)
こうなるとマナー以前の問題だと思うのですが、どうも、それ以降、宝塚を観る時は隣に来る人から危害を与えられないか、心配になってしまうのでした。

宝塚ファンの名誉の為、申し添えておくと、決してそんなイタイ人達ばかりではありません。殆どの人がちゃんとしていらっしゃいますが、中にはこんな人もいる、というお話でした。
「マナーを守って楽しく観劇」を常々心がけたいものです。  チャンチャン。

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2006年2月15日 (水)

新幹線の車窓から

名古屋に来ています。 行きの新幹線の中で、23日に行うフォーラムでの講演準備をしていたのですが、ふと、外を見たら丁度浜名湖のあたりを通過するところでした。一瞬、海かと思うくらいの大きな湖です。私、電車からぼ〜っと景色を眺めるのが大好きなので、海あり、富士山あり、湖ありの新幹線の旅はスキです。正に移動時間中のちょっとした『命の洗濯』です。 景色といえば、静岡を越えたあたりから田園風景・・・というと聞こえがいいけど、いわゆる田んぼがたくさんありますが、そこによく、新幹線の乗客に向けて大きな看板が立っています。見たことがある方もいらっしゃると思います。田んぼの中にぽつーんと、しかし、それでいて結構、存在感があるヤツです。こういう看板をだすアイデア自体、素晴らしいというか、効果がでているのか興味深いというか・・・あれは田んぼの所有者に企業が直接交渉して立てるのかな〜。それとも『全国田畑看板協会』とかがあって、そこがマネジメントしているとか・・・と、どうでも良いような想像が思わず広がります。(そんなこと考えるのは私だけ??) そんなしょーもない思いを巡らせながら過ぎ行く景色を、というより看板を見ていたら、有名な化粧品メーカー等に混じり不思議な名前を見つけました。豊橋を過ぎたあたりで目に飛び込んできたその名は『銀座ステファニー』・・・なんだろう?これ???もしかして、とても有名な会社なのかな?私が知らないだけ?銀座って東京の?・・・目にしたのは一瞬なのに、物凄い存在感(苦笑)恐るべし、田んぼの看板!侮れません。 それにしても、うーん、わからない。東京に戻ったらインターネットで『銀座ステファニー』を調べてみようっと!

ちなみに東京から名古屋方面に向かって進行方向左側です。興味のある方は見てみて下さい。(そんな物好きいないって?!こりゃ失礼)

携帯を使って初めてアップするので少しドキドキ(笑)

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2006年2月13日 (月)

あ~あ、やっちゃった

打ち合わせが終わり、事務所に戻り今日の出来事を自分なりに面白おかしく書いていました。(自分で面白おかしくと言い切るあたりがずうずうしい)いや、本当に結構力作だったんです。実は、今日は母校の恵泉女学園(大学)で講演をさせて頂いたのですが、その際の話を一生懸命・・・量的には昨日と同じくらい、いや、それ以上に打ち終わった後で・・・・

あ”~!!!消しちゃったよ。

とてもショックでした。でも、我ながら生真面目なトコあるなって思ったのは、消してすぐにもう1度同じ内容で打ち直そうとしたこと。結局、最初ほどの臨場感が出せず諦めました。それにしても、アップする前に自分で消しちゃうのとか、エクセルで真剣に資料を作っている途中でパソコンがフリーズしてオジャンになってしまうのとか・・・誰に怒りをぶつけるわけにもいかず、歯軋りするのみです。

「覆水盆に返らず」とは正にこのこと。それにしてもクヤシイ。キーッって感じ(苦笑)

ちなみに、消してしまった内容を少しだけ。(もう、同じだけの量、書く根性がない)

今日の講演のタイトルは学校からお願いされた「自分らしい生き方・働き方を考える」という内容でした。かく申す私自身が「自分らしさ」についてイマイチわかっていないのにも拘らず、それでも1時間半しっかり喋ってきたのですが、事は行きのスクールバスの中で起きました。
私は当然、面が割れていないので一人おとなしくバスの後部座席に座っていましたが、前方に座っていた学生さんの会話がオモシロかったのです。
学生1「今日の講演ってどんな話だっけ」(私の心のつぶやき「講師、ここにいますから何ならご説明しましょか?」)
学生2「え~っと、ちょっと待って。(ガサゴソと鞄の中から紙を取り出し)なんか~(語尾上げ)「自分らしい生き方とか書いてある」(再び私の心のつぶやき「はい、そーです、正解です」)
学生1「何それ~。超かったるいし~(これも語尾上げて読んで頂くと臨場感が増します)寝ちゃいそうだよね~」(三度私の心のつぶやき「だって、しょーがないじゃん、学校からそうお願いされているんだもん。でも、確かに眠くなりそうなタイトルかも」)
学生2「そうだよね~。超眠いよねー(しつこいけど、これも語尾上げ)マジ寝る!」(とどめの私の心のつぶやき「えぇ~聞きもしないうちから寝る宣言するなよぉぉぉ」)

・・・とこんな感じで始まり、結構、最後は良いハナシで締めくくったのに、あ~それなのに。

ま、気持ちを入れ替え明日からも頑張ります。

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2006年2月12日 (日)

できそうでできないこと

ブログを始めたという知らせを知人・友人にメールしたら、たくさんコメントを頂きました。こういうのって嬉しいものですね。この場を借りて、皆さん、ありがとう。これからも、時間があるときに見に来て下さい。そのうちコメント「0」の毎日になるので(苦笑)その頃、また、コメント頂けたら、もっと、嬉しいです、ハイ。
これって忘れた頃に来る手紙や便りが嬉しいのと同じですね。

ここまで、書いていてあることを思い出しました。私の友人にTさんという人がいます。オークラ時代からの友人で、別にその方面の方ではないけれど、何故か内輪で喋るときの言葉がオネエ言葉。公的な場やお客様の前ではもちろん普通(?)の紳士です。彼は隣のセクションにいたのですが、私がいるセクションがちょっとしたミスをやらかすと、「あら、これは一体どういうことかしら???」とか「ちょっと、ちょっとぉぉ、どういうことかしら、これ!しっかりしてもらわないと、お客さんに迷惑かかんのよ!!」いうようなツッコミ(?)を入れてくる人です。(こんな説明で良いのだろうか・・・)Tさんの名誉の為に付け加えてておくと、ちゃんと素敵な奥様もいて(彼女も元オークラで、これまた、とっても出来た素晴らしい女性)、今はオークラを退職し、次なる目標に向かって頑張っている大切な友人の一人なのです。

彼がどんなに上手くオネエ言葉を操るかを書きたいのではなく、自称・・・いやいや、他人から見てもナイスジェントルマンなTさんが示してくれた心配りについて書きたいと思います。

それは、3年前の父の葬儀のときのお話。
身内の葬儀をご経験された方ならお分かりかと思いますが、亡くなってから葬儀までは本当にバタバタと過ぎ、遺族も落ち着くヒマがありません。予想(何の予想ってカンジですが)に反して?、いや、ありがたいことに大勢の方にいらして頂き、お心遣いを頂きつつ時は過ぎていったのですが、初七日の頃になるとさすがに一段落。言い換えるなら葬儀まではお花もたくさんあったし、人の出入りもあったのに、そろそろ寂しさが実感される頃でした。そんな、初七日にあわせて、T夫妻からお花が届きました。「そろそろお花がなくなる頃だと思うから」というコメントと共に・・・。

このときは本当にありがたくて思わず「鬼の目に涙」でした。
そんな、心配りってできそうで、できないですよね。

先日、T夫妻と久しぶりに食事をしたときにその話になり、以下、私達の会話の再現です。

私 「そういえば、父の初七日に合わせてお花頂いたときは感動したわ~」(何故か、私もオネエ言葉)
T  「あら、そうだったわね。あれは、単に送るの忘れていただけだったのよぉ」(しつこいようですが、彼はその趣味ではありません)
私 「あら、そうなの?! 感謝して損したわ~」
T  「作戦勝ちってところかしら(何の為の作戦だよ!)、じゃないわよぉ。(ここからは少しマジトーク)僕も親を亡くしたときに初七日の頃、お花がなくて寂しいなーって思ったからね。経験してみると痛みとかってわかるものだよねー」
私 「そうだったんだー(少ししみじみ)」
T  「(いきなりオネエに戻り)、さすが、世界一カッコよくて素敵な私でしょぉぉぉぉぉぉ」

それ以後はいつも通りの爆笑な会話に戻ったのですが、確かに自分が経験したことでもそれを覚えていて、人のために実行するということは、なかなかできることではありません。

「言うは易く行うは難し」・・・気持ちを言うことは、誰にでも簡単にできますが、それを実行するというのは大変なことですよね。
友人のさりげない優しさに学ばせて頂きました。

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2006年2月11日 (土)

いきなりタイトル変更

始めて4日で、ブログのタイトル変更しました。大勢に影響はないけどね。

ふと、気になって調べたら「縁は異なもの味なもの」は男と女の不思議で面白い縁ということで、「袖擦れ合う・・・」はごく些細な出会い、関係も単なる偶然ではなく、深い因縁に基づく巡り合わせだということなんだそうです。知らなかった~。ほぼ同じことだと勘違いしていました。別に男女の関係に限定するブログではないので、早速変更。方向転換が早くないと、この世の中、生きていけないから。なんちゃってー。

勘違いといえば、「他生の縁」を「多少の縁」と勘違いしていたんですね~私。ハズカシイ・・・いや、勝手に解釈して「袖摺り合うだけでも多少はその人と縁があるんだから大切にしなさいよ」っていう意味かと思い込んでいました。でも、「たしょう」って聞くと「多少」が真っ先に思い浮かびません?そんなことない?思いがけず自分の無知さと非常識さを発見しました。ブログのおかげで勉強しちゃった。

ちなみに他生というのは前世や来世のことを指すそうです。今生からみて他の生だということなんですね。

前世って信じる人も信じない人もいると思うけど、私は信じる派です。だからといって、熱狂的に信じているわけでもないけど、「あ~この人とは会うべくして会ったんだな~」という出会いが幾つかあります。縁がある人とは、ジタバタしなくてもちゃんと出会うようになっているんだ、と思えば無駄な力も入らず自然に自分のやるべきことをやっていけるかなって思います。ま、前世に関する話はまた、別の機会にしますね。

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2006年2月10日 (金)

小さいことにこだわる?

ある友人に言わせると私は「大局に対しては腹を立てたりせず、じっくり冷静に考え行動するが、小さいことで怒りを露にする」そうな。

確かに、己の器の小ささを披露するようで恥ずかしいですが、結構、小さいことで腹を立てたりします。さとう珠緒さんじゃあるまいし「プンプン!」とかは言わない・・・というより、むしろここでは書けないような暴言を小さく吐いて、一緒にいる友人に恐怖感を味あわせた(!)ことが多々あります。お友達の皆さん、ごめんなさい。本人は聞こえない程度の小声で言っているつもりだが、20年来の友人に言わせると「あれは、ほぼ、喧嘩を売っているに等しいね」とのこと。こうやって書きつつ反省しています。

どんなことで腹を立てるかというと、

・電車の中で足を組んで座る人を見たとき(その他電車内のマナー、結構気になる性質です)

・人の流れが多い横断歩道のど真ん中で酔っ払って騒ぐ人達を見たとき(邪魔なんだもん)

・新幹線車中で「席、倒して宜しいですか」と声をかけたにも拘らず無視されたとき(うなずく位はしてよって感じ。いっそのこと「ダメ」って言われたほうがまだマシ・・・かな。いや、それはそれで腹立つかな。ははは)

他にもイロイロありますが、本当に恥ずかしくなってきたのでこの辺にしておきます。

でも、言い訳かもしれませんが、こういうのって腹立ちませんか?(苦笑)

何で、腹立つのかなって考えると、「要するに周囲に気を配れよ!!!」って言いたいわけなんですね。だって、足を組んだら横の人に靴の裏が当たるでしょ?横断歩道の真ん中で騒げば、渡る人に迷惑かかるでしょ?自分がされて嫌なことはしないようにして、世の中気持ちよく生きていきたい、と思うわけです。ただ、それだけなんですが、だからといって暴言を吐くことが許されるわけではないので、これからは気をつけたいと思います。

「気になるんだったら注意すれば?」って言われることもあるんですけど、今の時代、何で恨みを買うかわからないしね~・・・情けない話だけど。でも、当たり前のことに気がつく感性をしっかり持ち続けたいとは思います。

「人の振り見て我が振り直せ」・・・少なくとも自分は周囲に気を配れる人でいるよう心がけようっと!・・・その前に暴言吐くのをやめなきゃね。

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2006年2月 7日 (火)

ブログ開始!

ようやく、ブログを始めました。

自称「世界一の筆不精」である私にとっては大変な出来事です。でも、今までに出会った人やものに関連することを少しずつでも綴っていこうと思います。学生時代に始まり、ホテル勤務時代、フリーの時代、そして起業して1年が過ぎようとしている今・・・常に私は人のご縁に支えられてきています。きっと、これからも!

そんな様々なご縁を通して感謝したこと、自分が感じたこと、おもしろい出来事、楽しい話、考えさせられたことを自分なりの視点で思いつくままにアップしていきます。

「継続は力なり」・・・昔の人は良いこと言いますね~。少しずつでも「継続」していかなきゃ。どうも、私は喋っている分には良いんだけど、文章書き始めると「始末書」「報告書」のノリになってしまうので、このブログでは肩の力を抜いて誰かに話しかけているようなつもりで書こうっと・・・

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