« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »

2006年3月31日 (金)

上海の思ひ出(お茶編)

このブログはココログというニフティのブログサービスを利用して作成しています。管理画面で時間帯ごとのアクセス数を確認できるのですが(このこと、知らなくて友人のRobinに教えてもらいました、へへへ、Robin、ありがとう)、その統計によると結構、午後一番で見に来て下さる方が多いらしく、前回のテーマは食後に読むにはいささかヘビー(蛇がでてきただけに、なんちゃってー)だったかもしれないので、今日は食後のお茶の話題でいきたいと思います。

中国のお茶は有名です。上海の人達は蓋付のカップに直接、お茶の葉を入れそれにお湯を注し足しながらじっくり飲みます。熱いお湯を注した直後はお茶の葉が浮いてくるので、それを「フーフー」して避けながら飲むのですが、種類は鉄観音であったり龍井(ろんじん)であったり、と人それぞれです。ただ、あまり高級なお茶を飲んでいる人はいないようです。日本でも贈答用には100グラム何千円もするお茶を贈ったりますが、普段はお手ごろなものを飲むのと同じですね。(ご自宅でも高級なお茶を飲まれている方、失礼~)
龍井茶は烏龍茶に比べると日本での知名度は多少落ちるかもしれませんが、4月初め頃に出る新茶は甘味があり、後味はさわやかで本当に美味しいです。高級品とそうでないものの味の差が激しいのも特徴といえば特徴かもしれません。最近では通信販売等で入手も可能なようなので、試してみたい方は少し奮発して良い龍井を楽しんで下さい・・・って私は龍井茶生産者の回し者ではありませんけどね(笑)
他にもジャスミン茶(茉莉花茶)と一口にいっても球状のものから花びら状のもの、普通の茶葉、それにお湯を注ぐとお茶の中から花が咲く(わかるかな~この表現で・・・)もの等々、これまた、味、香り様々で楽しめます。

でも、一方で砂糖入りウーロン茶のペットボトルがサントリーから売り出され、結構売れたり、コーヒーはインスタントにクリープと砂糖が既に入っている一人用のパックが売れ筋だったり、とちょっと不思議なものがポピュラーだったりするあたりが中国4千年の奥深さなんでしょうね。

上海シリーズまだまだあります。たぶん、ガイドブックには載っていない上海案内、しかも思いっきり偏っていますがお楽しみに~

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年3月29日 (水)

上海の思ひ出(食材編)

思い出話を少々・・・

上海にいた時は本当に刺激に満ちていました。今ももちろん刺激的な毎日を過ごしていますが、種類が違うというか・・・その中でもプライベートでの印象的な出来事は食に関することが多かったように思います。
見たこともないような食材がでてきて、限りなく怪しそう(失礼)だった場合に私が行っていたおまじないはビールで胃壁を洗うことでした。ま、一種のアルコール消毒ですね。どうするかというと、ビールを多めに一口飲み、飲んだと同時に円を描く様に身体をまわすというもので、イメージ的にはビールを飲みながらフラフープするみたいな・・・フラフープを知らない方は是非、リンク先でご確認下さい(笑)
本当に効果的かどうかは別としても、それで「よし、いける!!!!!」と思えることが大切なのです。中国の方から接待を受ける機会がある方で、胃腸の弱い方は是非、お試し下さい。お酒飲めない方でも一口も受け付けない、という方以外は試してみてね。でも、効果がなくて不幸にもお腹を壊しても当方は関知致しませんので悪しからず。

そんな私が「参りました!」と思った食材は

1位 断トツ「ロバの肉」
2位 蛇の血で割った焼酎
3位 屋台で食べた蛙

です。ロバの肉は今思い出しても具合悪くなりそうです。どんな味か知りたい?・・・知りたくないって言われても書いちゃうけど、例えるならはんぺんを少し乾燥させて、そこにベンジンを滲みこませた感じ。ベンジンなめたことないけど、たぶんこんな味じゃないかなーと想像させるくらい油臭い。
どうですか?想像するだけで・・・でしょ?もしかしたら美味しい食べ方もあるのかもしれないけど、さすがの食いしん坊な私も二口目に到達できませんでした。

2位の蛇の血で割った焼酎もねー。蛇は基本的に高級食材でから揚げとかは抵抗なく食べられるのですが、鍋をする時には、注文すると可愛い顔したウエイトレスさんが生きた蛇を網に入れて食卓に恭しく持ってくるんです。なんたって高級だから。で、ホスト(お金を払う人)はそれを手で持ってみて「うん、しっかりした重量感のある肉の多そうな蛇だね」とか何とか言いながら鷹揚に頷くと、次にそれが身は食材となり、肝や血は中国の焼酎で割られて、食卓へ・・・で、その貴重なお酒はホストが権利として飲むことができる・・・いえ飲まされるのです。・・・・ぐえっ!肝は噛まないで飲み込んじゃうので問題ないのですが生臭い血で割られた焼酎はたとえほんの少しの量でも、いつまでも口に残って気持ち悪い~。でも、滋養強壮に良い貴重品なんですね。(私は一生飲まなくても良いけど)

3位の蛙は、シチュエーションの成せる業、とでも申しましょうか。基本的に屋台には行かない主義だったのですが、帰任も近づいたある日、どうしてもと誘われ、ついにデビューすることに。「ここの蛙は高級レストランに負けない」という同行者のコメントにより、蛙の焼き鳥(あ、鳥じゃないから焼き蛙か)を頼みました。確かに蛙は香ばしく焼けていて鳥のささ身にコクを加えた感じでおいしかったのですが、食べた後、ふと、気がつくとさっきまでゲロゲロゲロゲロ♪と草むらで鳴いていた声がぴったりと止んでいるのです。「・・・・・」もしや草むらにいた蛙はいまや私の胃の中に~????こっちがゲロゲロだよー。だって食用とは限らないんだもん。
でもね、話はそれで終わらないんです。もうそろそろ営業終了ということで、無理やりお勘定をさせられ、店のおじさんと同時にその場を立ち去ろうとした、その時!おじさんは私達が食べていた焼き蛙を刺していた金属製の串をささっと水でゆすぎ(その水もたいがい汚いけど)、何事もなかったかのように自分が乗ってきた自転車に・・・・・っていっても荷台じゃないですよ。なんと、それは自転車のスポークだったんです。
もう、何も言うことはありません。ホテルの自室に帰り、手遅れかと思いながらも一人必死に冒頭のビール消毒をしたのでした。チャンチャン。

でも、結局お腹を壊すこともなく肝炎になることもなく、無事に3年の勤務を終えて帰国できました。要するに「病は気から」なんですね~。今後、海外の衛生環境が悪いところで食事をする機会があるかどうかはわかりませんが、そのときはビール消毒で私は乗り越えようと思います。(笑)

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年3月28日 (火)

残念だな~

キャピトル東急ホテルで食事をしてきました・・・といってもデートでも仕事でもなくおばとおばの知人と3人で。おばはホテル内でアンティークのお店春夏秋冬(しき)を経営しています。興味のある方は訪ねてみてくださいね。

実はキャピトル東急ホテルは今年の11月末で営業を終了して2010年を目処に29階建ての複合ビルへと生まれ変わるそうです。かつてはヒルトンとして、そして東急ホテルになってからも独特の風情と個性があり、海外のVIPも数多く迎え入れたホテルです。かのビートルズも来日時にこのホテルに宿泊されましたた。最近では「冬のソナタ」のぺ・ヨンジュンも泊まられたそうです。
そういえば、マイケルジャクソンが隆盛期に宿泊された際、チンパンジーと蛇を連れてきたいという要望があり、ホテルによっては受け入れられないという回答をしたのですが(ちなみにオークラも動物を客室には入れられないというお断りをした記憶があります。)、キャピトルは客室の一室を改装し動物の為に開放したとか。チンパンジーの名前が「バブルス」だったので、皆で「バブルス部屋」などと噂しつつ、「あれじゃVIPならぬVIC(Very Important Chimpanzee)だよね~」とか言っていました。懐かしいな~。結局、チェックアウトの後、再度改修して人間様用に戻したのですからホテル側はさぞ大変だったと思います。

個人的にはコーヒーハウス「オリガミ」が好きでした。改装する前の昔のオリガミの方が海外のホテルの雰囲気があって好きだったけど・・・たぶん、新しいホテルにはそれなりの良さもあるのでしょうが、周囲に高層ビルが乱立する中で低層(とは言っても10階くらいまではあったかな)で歴史を感じさせる古き良きホテルが一つその使命を終えるのかと思うと今回の営業終了は寂しいし残念な気もします。「有為転変は世の習い」なんでしょうけど、それにしても残念だわ~。

営業終了までの間にしっかり記憶に留める為にも、あと数回はキャピトルに足を運びたいと思います。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年3月27日 (月)

1+1を3以上にできるのが人のチカラ

久しぶりに事務所で仕事をしています。只今、スタッフ募集中なのですが、なかなか見つからず(Sさんの後任は決まりつつありますが)何から何まで一人でやるには少し大変になってきたかな、という状況です。どうですか?どなたか一緒にやりませんか?給料の低さには自信があります・・・なーんて書いていたら誰もこないよね(苦笑)

起業してみて「雇用する」ということの大変さと重要さを実感するようになりました。
どんな仕事も一人で出来ることなんて、所詮限りがあります。それよりも人の力を集結させて1+1が3や5になるようなことをやりたいなーと思うのですが、雇うからには最低限の生活保障(ご家族がいる方はそのご家族の生活も含めて)をするのが経営者の義務だと思い、最初の1年は一人で走ってきました。でも、そんな格好の良いことを言っていたら、いつまでたっても仲間は増やせないのかもしれません。経営者の義務はもちろん果さないといけませんが、これからはやりたいことの実現をテーマに同じ方向を向いて、ビジョンを共有できる仲間と共に苦労しながらでも楽しみつつ事業を膨らませていきたいです。そのためにも自分が大切に思うこと、実現させたいことを語り続けていかないとね。私が大切に思うことは一言で言うなら「世の中金も大事やけど、やっぱ人や~人が大事なんや~」(何故、変な関西弁になるんだろう・・・)ということなんです。これをビジネスに繋げていかないと、日本の社会はとんでもないことになると思います。

それにしても「仲間、欲しいな~」・・・てへっ

でも、私は幸せ者なんです。社外スタッフ(という意識は皆さん持っていないと思うけど)に本当に恵まれている!学生時代からの友人、オークラの同期や先輩、後輩、独立してから知り合った人達そして同窓生の面々・・・この人達が背中を押してくれたり手を引っ張ってくれたりするので今日も無事に仕事ができているんです。一人じゃ今頃どうにもならなくなっていたと断言できるくらいです。(力説するコトじゃないけどさ)「人のご縁」が本当にありがたく身に沁みるだけでも起業して良かったと思います。感謝しているだけじゃなく、ご恩返しもしていけるように精進するので、周囲の方々、これからも宜しくお願いします。(深々と一礼)

ちょっとキモチ悪いくらい殊勝な内容だね、今日は・・・

今、ホームページのリニューアルを検討していて文章を書いているのですが、このブログを始めたおかげで以前ほど書くことが苦痛ではなくなりました。「習うより慣れろ」は本当だと思います。ホームページのリニューアルも楽しみにしていて下さい!

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年3月26日 (日)

幸せだぁ~

先日のブログで書いた(3/8記事ご参照プリーズ)西粟倉村から戻ってきました。2日間滞在したのですが、土曜日の朝は本当に雲ひとつない青空で頭に血がのぼりそうになるまで空を見あげていました。キレイな水と空気、人間にとって大切なものがこの村にはあると思います。

今日は弊社のホームページを作ってくれたRobinと彼のファミリーに会って(岡山の人なのです。Robinと呼んでいますが外人ではなくれっきとした日本男児であり、更に奥さんもお嬢さんもイイ味?だしているんです。)、サイトリニューアルの相談をしたり、色々な話をしたりあっという間の半日を楽しく過ごして戻ってきました。Robinと話すとアイデアが広がったり、気付かされることも多いのです。
Robinありがとう!

そして、夕方の飛行機で戻り、事務所に戻って簡単な打ち合わせをこなしたところで、腹の虫が騒ぎ始めました。
そんなわけで西大井駅前の鳥ゆっこという焼き鳥屋さんへ・・・ここの焼き鳥は断言できます。「日本で一番好き!!!」塩レバーなんて、もうコメントしようがないくらい美味しい。銀座や新橋で食べるよりずっと安くて美味しいんです。興味のある方はFaith Upの事務所見学と焼き鳥ツアーを企画しますので連絡ください。でも、お店は小さいので1回の定員は最大4名です。→何の宣伝をしているんだろう(笑)

一生懸命働いて、良い仲間達がいて、そして美味しいものを食べて・・・これって人生最大の贅沢ですね。まさに「人生楽しからずや」です。また、明日からのパワーがつきました。感謝!!!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年3月23日 (木)

不思議なキモチ

仕事で長崎に行ってきました。初長崎(!)だったのですが、何故か初めてという気がしない・・・これっていわゆるデジャヴュってやつかなーと思うくらい。特にグラバー邸の近くでは、何ともいえない懐かしさまで感じました。神戸、横浜、函館など、いわゆる洋館とか外国人居留地はいくつも見てきたのにこの感覚は不思議なものでした。
「もしや、私は幕末の志士の一人だったのか(そんな格好よくないか)、はたまた蝶々夫人の生まれ変わりか(いや、これもキャラ違うだろ)」と帰りの飛行機の中で一人ボケ突っ込みをしていたのですが、人間って不思議ですね。
場所だけでなく、雨や草の匂いをかいだりした瞬間に、ふと懐かしさを感じたり・・・わたす、結構「ろまんてすと」だったりして、へへへ。

以前、友人に薦められてシャーリー・マクレーンのアウト・オン・ア・リムという本を読みました。SFやオカルトといったものには殆ど興味はない私が、結構一気に読めました。前世というものがあるとして自分が何であったのか(人間とは限らないモンね)ということについては素直に興味があります。結局、それは自分を知ることにつながるから、なのかもしれません。
私は、まだまだ死生観などについて語れるほどのものではありませんが、今の世の中に生きている意味に始まり「ここで私に何ができるのか」ということは常に内なる自分に問い続けていきたいと思っています。

それにしても長崎で感じたものは何だったんだろーな・・・

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年3月20日 (月)

低血圧ってつらいのね

2ヶ月振りの病院でした。おかげさまで心音もキレイとのこと。でも、このところどうも調子が今ひとつ・・・って元気は元気なんですけどだるさが取れず、先生に相談したところ、どうやら血圧が低いことが要因らしい。上が100以下なんだそうな。ゴルフのスコアなら100を切るのは嬉しいけど、血圧、しかも上が100を切るのはいただけないですね。小さい頃から寝起きが良く、起きてすぐに3杯メシもいけちゃうのが自慢・・・できることかどうかは別として、血圧が低いとこんなにもだるいのかって39歳にして初めて知りました。世の中の低血圧の皆さんの苦労を少しは経験できました。(しなくてもいいのかな)

今、主治医をお願いしている先生は昨年末入院したときにカテーテル検査をしてくだっさた先生です。歳はきっと私より少し下くらいなんだと思いますが、非常に丁寧な先生で「調子が悪くなったら、いつでもいいです。すぐに来てください」といつも仰います。こういう一言って簡単に言えそうで言えないことだし、患者の立場としては本当に安心できます。口数が多いというわけではないけど、こちらの疑問には嫌な顔せず理解するまで話して下さるし、「不幸中の幸い」で良い先生にめぐり合えたと感謝しています。やはり人間関係に「信頼」は欠かせませんね。

それにしても、良い医師に会えたこと、カテーテル検査室や集中治療室が空いていたこと、全てがうまくいったおかげで今、こうして無事であることを神に感謝しなきゃ(クリスチャンじゃないけど)と改めて思いました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年3月19日 (日)

30秒スピーチ

昨日の続きを少々

オークラ勤務時に毎朝、職場で朝礼をしていたのですが、そのときに若手スタッフのWさん中心に「30秒スピーチ」なるものをしてもらっていました。
どうして、そんなことをしていたかというと、私がいた職場は電話業務がスタッフの仕事の一つだったので、朝一番で「声を出す」ことによってすんなりと電話業務を始められることと(発声練習でも良いのですが、ウチのスタッフはそんなことマジメにするような面子じゃなかったなー、私も含めて)、もう一つ大切なこととして「人前で話す」ということはある程度自分の考えを論理的にまとめる必要があり、30秒スピーチが良いトレーニングになると思ったからです。

30秒というかなり短い時間の中で「起・承・転・結」を入れろなどという無謀に近い指令に対してWさんは本当に頑張った。(エライぞ!W)
始めの頃は「はい~?????」みたいな内容でしたが、2ヶ月も続けていくと
「え~本日のお題は○○についてです。」に始まり30秒から最大でも1分で自分の考えを一通りは述べられるようになったのです。是非、興味のある方はトライしてみてください。そのときのポイントは相手を犬であろうが猫であろうが(できれば人間が望ましいけど)決めて、きちんと声に出して話す、ということです。頭の中で思うことと、実際に口に出して話すことの違いを経験してみて下さい。そしてできれば毎日じゃなくて良いので継続してね。

果たしてこの「30秒スピーチ」がWさん本人にとって役立つものであったかは定かではありませんが、私達の間では今でも「Wの30秒スピーチ」と話題になるほど、彼女は上達しました。実際、他のスタッフにも「30秒スピーチ」をしてもらったのですが、なかなか彼女より上手にできるスタッフはいませんでした。30秒という時間制限下においては、彼女は間違いなく課内で1番の人でしたね。(時間制限付というところが彼女らしいのですが・・・長く喋るとボロが出る・・・いえいえ、そんなことはございません)

人前で話すことによって自分の考えをまとめるということ・・・これはコーチングを受けることと相通ずるものがあるのかもしれません。
「口は禍の門」と思わず、時として自分の考えを口にだすことも大切ですよ、きっと。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月18日 (土)

スピーチのコツとは何ぞや

人前で話すことが得意な人と苦手な人がいると思います。私は職業柄(!)か生来のお喋りなのかはわかりませんが、まあ得意な方、というか好きな方だと思います。

時々、「話すときのコツ」について質問を受けることがあるのですが、そういうときは大抵答えに困ってしまいます。何故なら「コツ」について深く考えたことがないからです。(単純明快な答えだね)そのくせ、講演などをすると「今日の話は受けたかな(決して笑いを取れたかという意味ではありません・・・・?)」とか「聴いてくれた人にとって何か一つでも参考になったかな」などということが気になってしまいます。小心者ゆえ反応、結果が気になるタイプとでも申しましょうか。

それでも、もう少し掘り下げて「コツ」について考えてみると、次の5点が挙げられるかと思います。

① 講演、スピーチを聴いてくれる方々についての情報(職業、年齢層etc.)を事前に可能な限り収集して、その層にわかりやすい話を心がけること
② 大勢の前で喋るときでも、対話の基本は1対1であることを思い出し、聴いてくれている人とコミュニケーションを取るつもりで話すこと
③ その日の結論(自分の主張したいこと)をしっかり決めておくこと
④ なるべく具体例を挙げて話すこと
⑤ 間違えたり、頭の中が真っ白になってもそれを隠さないこと

①は相手を理解することで、その人達がより共感しやすい体験談やエピソードを用意するということです。但し、何から何まで自己の体験談である必要はないと思います。そんなに劇的な人生送っている人なんて、世の中そうそういないですもんね。エピソードが身の回りのものでなくても、「最近テレビで見た」とか「本で読んだ」なーんていうことでも宜しいかと思います。
いずれにしても「相手を理解することから始める」という心が大切だと思うのです。

②は大勢いると思うと緊張しがちですが、お友達や家族と話す時のようなつもりで話をすれば(あまりくだけ過ぎても問題ですけど)視線を下に落としたり、原稿を棒読みすることは減ると思います。
「会話は言葉のキャッチボールや~」(彦麻呂風に読んでね)・・・あくまでも1対1でコミュニケーションを取るつもりで話すと相手の心にも届きやすいのではないでしょうか。もちろん、講演やスピーチでは相手は言葉を返してくれませんが、それでも視線や表情といったもので何かを返してきてくれます。だからやっぱり「キャッチボールや~」

③、④は他でもよく言われることなので、本日は割愛させて頂いて・・・

⑤は結構難しいかもしれません。でも「人間誰しも間違える!」くらいの気持ちで臨むのが丁度良いと思います。用意したとおりに完璧なスピーチをすることが最優先になってしまうと、それに夢中になって一番大切な聴衆を置いてきぼりにしちゃう可能性が高いからです。それよりも間違えたり、頭の中が真っ白になったら「ごめんんさい」しちゃった方が話し手も聞き手も案外安心して、心穏やかにコトが進むのでは?

いずれにしても大切なのは「心」です。聴いてくれる人のことを考え、ごく普通の気持ちで伝えたいことをしっかり伝えようとする思い・・・これらをベースにテクニックに翻弄されずにお話すれば意は通ずるし、その結果として感動・共感が得られるのではないでしょうか。
「大巧は拙なるが如し」・・・何の変哲もなく、うまいスピーチでもないのに心に響く、思いが伝わる・・・そんな風に話ができたら良いなと、自ら反省しつつ思うのでありま~す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月15日 (水)

おお、我が母校!

学校の先輩とお会いしました。在学中に知り合ったわけではなく、先日のフォーラム(2/24のブログご参照下さい)で初めてお目にかかった方です。O先輩という方なのですが、また、この方がパワフル(笑)非常に楽しい時間を過ごしました。
「同じ学校を出ている」という共通項に加えて「経営に携わっている」(私はまだまだ駆け出し!ですが)ということも話が盛り上がった理由のひとつかもしれません。
O先輩も非常に学校を大切に思っていらっしゃいます。同窓会の活動にはなかなか参加できなくても、学校の為に役立ちたいって思っている同窓生は結構いると思っていましたが、実際にそういう思いを持っている方にお会いすると嬉しくなります。

そんなわけで今日は母校について。

私は恵泉女学園という学校で高校、短大生活を過ごしました。私が短大卒というと、かなり多くの方が意外そうな顔をされますが、それはやはり80年代女子短大生という言葉からくるイメージと私がかけ離れているからなんでしょうねー(笑)自分でも違和感ありますもん(苦笑)
それはさておき、そして、学校についての詳しい説明は是非、学園ホームページをご覧頂くとして、どうして私は自分の出た学校が好きなんだろうということについて考えてみると、一言でいうなら「良い時を過ごした場所」であるからなんだと思います。あまり規模が大きくなく、どことなく自由な校風の中でのびのびと「人生第2の創生期」を育てられたと、今、振り返ってみて思います。「人生第2の創生期」というのは当時の学園長先生が仰っていた言葉です。

特に、生徒会(ちなみに恵泉では生徒会を「信和会」と呼びます。「信じあい、和睦する」という意味から来ているらしいのですが、高校入学したての頃はその名前を聞くとどうしてもヤ○ザを連想してしまった・・・)やクラブ活動を通じて社会生活の疑似体験、のようなものを経験できたことが、本当に今の生活でも十分役立っているような気がします。
例えば、生徒会の活動一つをとっても、自分がやりたいことがあったとして、それは何の為に行うのか、周囲の人達、或いは大勢の人達に共感・理解をしてもらう為にはどういう説明が必要なのか、そして、何より大切なのが物事は一人でできることに限りがあって周囲の人達の力無しには達成できないのだ、ということを考えさせられる・・・こんな当たり前だけど大事なことを肌で感じさせてくれる場所だったんでしょうね。それでいて、暖かい。先生方にも友人にも恵まれた学生生活を過ごせた私は本当に幸せな10代だったんだと思います。

ちなみに勉強は殆どしませんでしたねー。落第しない程度・・・もう、時効だと思うので公開しちゃいますが、短大1年の時、テストで友人Iさんに「カンニングさせて~」ってお願いしたことも1度ならず何度かあります。(Iさん、ありがとね!!)それだけなら、まだ可愛いもんですが見せてもらっておきながら「正解はわかんないけど、その答えも違う!」などと囁き、Iさんを混乱と焦りの渦に巻き込んだ、などという赤面せずには語れない過去もございます・・・いやはや、「若いって良いな~」(遠い目をしながら呟く感じで)

「光陰矢の如し」で、学校を卒業してから20年近い年月が過ぎました。最近になって母校の存在をより一層感謝できるのは同窓生とのつながりのおかげだと思います。同級生はもちろんのこと、先述のO先輩だけでなく、本当に一生付き合えそうな良い出会いがここ半年の間にありました。そんな良い人達と出会わせてくれたのも、やはり母校なんですね。感謝!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年3月14日 (火)

これからもヨロシク

開業時から1年間、大変な時期を手伝ってくれたオフィスアシスタントのSさんが退職されました。彼女自身がやりたいことに向かって一歩を踏み出すということで、寂しいけれども大変喜ばしいことと心の底から応援したい気持ちで一杯です。

・・・って何かやたらキレイな書き出しだなー(笑)

Sさんとはホテルオークラ時代からのお付き合いで、非常に笑いのツボが合う仲間であります。そう思っているのは私だけかもしれないけど・・・親しくなったきっかけ?はセールス課で勤務していたときでして、下らないことを言っては爆笑を繰り返し、お互い自分が担当の宴会等で大変な時(別名:テンパッテいる時)は助け合い、という短い時間の割りには強い絆でつながっていたのではないかと思います。(これも、そう思っているのは私だけ?いやいやそんなことはない!と思う・・・)

彼女は非常に洞察力が鋭い。そしてそこから得た情報をあらゆる角度からチェックしてみたりする、それでいてユーモアのセンスもある・・・と私にとっては非常に有難い存在です。何故なら、私は結構物事を額面通りにしか受け取らない単純、かつ浅はかな性格でして、人間関係でも、それでドツボにはまったりすることがあるのですが、彼女はそんな私を側面から支援してくれていたのです。本人はそんな自覚まるでなかったかもしれないけど(苦笑)決して出過ぎず、それでいて私の性格を心得てツボを外さずコメントをくれる、まさに「阿吽の呼吸」だったと思うのですが、私が同じだけ彼女の支えになったかというと・・・甚だ疑問であります。反省・・・しつつ感謝。

そんなSさんとの関わりの中で、特に嬉しかったのは起業を決めて、彼女に手伝ってもらいたいな~と思いながら「起業するんだけど、手伝ってもらえる?」という内容の短いメールを送ったら、すぐに「もとより承知」という武士も真っ青の潔い返信をもらったことです。確かに彼女は奥様で、フルタイムで働く必要がなかったかもしれないけど、どんな仕事で何をするのかもわからないうちにこんな男前(褒め言葉です)な返事をくれるとは!この短いメールにはとても勇気付けられました。

これからもSさんとのお付き合いは続くと思いますが、この1年、支えてもらいっぱなしだったので今後は少しずつでも恩返ししていきたいな、と思いを新たにしたのでありま~す。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年3月13日 (月)

寝違えて思ふ、マジメなこと

どうも寝違えたらしく首が痛い。ゆっくりまわせば何とか平気なのですが首から肩にかけて鈍痛が・・・・いや、間違っても四十肩、五十肩ではございません。腕はぐるぐる廻るからね(苦笑)
そこで、お世話になっている鍼のN先生に電話をしました。この先、しばらくぎっしり予定がつまっていて(ありがたい事です)、どうしようかと思いつつ、思い切ってピンポイントの指定をしたら、ラッキーなことに「丁度空いています」という有難いお答え!数日先になりますが、しっかりほぐしてもらおうっと。
このN先生、東洋医学の鍼を中心とする治療をされているのですが、とても柔軟、かつわかりやすく説明をしてくださいます。確か、私と同世代、かつては高校球児だったとか・・・今も野球のコーチを続けていらっしゃるというお話を治療中にした覚えがあります。

実は、昨年末、心筋梗塞で入院する数日前にもN先生のところで治療を受けていたのですが、そのときの私の様子からか、盛んに「一度、病院行って血液検査だけでも良いから見てもらったほうが良いよ~」と勧めてくださったのです。治療後、帰る時にも、しっかりとこちらの目をみて「病院ね」と念押ししてくれました。(医者嫌いがバレバレ?)そんなN先生の後押しと尋常ではない自分の顔色を見て、さすがの私も病院へ行ったのだと思います。そう考えると今、こうして生きているのも先生のおかげ・・・本当にありがとうございます。(ブログで書かずに直接お礼言わなきゃ!)
東洋医学の先生によっては西洋医学を頭から否定したり、逆に西洋医学、というか普通の病院の先生によっては東洋医学なんて意味がない!と、これまた真っ向から否定されたりすることがありますが、こうやって患者の状態をしっかり見極め、西洋・東洋両医学を肯定しつつ柔軟な考え方で治療をしてくださると、こちらも素直にお話を聞けます。そして安心や信頼というものを培っていくのでしょうね。

この話はビジネスや普段の生活にも相通じるものがあります。まず、現状を的確に読み取ること。これが出来なければ、正しい判断はまず無理です。そして、その上で何が、どんな手法が最適かを考えること。それによって、自分の流儀や考え方と異なることでも、良い結果をもたらすのであれば、その方法を受け入れ活用すること。こんな風に物事に対処することができれば、結果は自ずとついてくるのかもしれません。

「清濁併せ呑む」というのは、元は善人でも悪人でも区別せず受け入れる度量の広さという意味だったようですが、転じて現在では「立場や考え方の違う人でも拒まない大きな人」のことを言うそうです。そんな人になりたいものだと、心の底から思います。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年3月11日 (土)

通訳が必要だ!?

久しぶりに昼間にブログを書いています。本当は出張のハズだったのですが予定が変更になり、今日は事務所で仕事しています。普段、昼間に1~2行書いて続きは夜中にボケーっとしながら作成するのが殆どなので、後で読み返してみると「???」なところもあったりするのですが、ま、それはそれとして(父親の口癖)これからも気にせず暖かくお見守りください(笑)

さっき、郵便屋さんが「ゆうぱっく」を配達してきてくれたときのオハナシ。

感じが悪いわけではない・・・けれど言葉が聞き取れない。
「飯野さーん、郵便○△▼*」ここまではまだよかった。「はーい」とドアを開けると
「はん◎×&%#▼○+~?」(どうやらハンコありますか?と聞いているようだ)
「はい、ちょっとお待ち下さいねー」(まあ、常識的にハンコだろう、とハンコを取りにいく)
「△□$#¥○*◎▲&!×」(帰っていく郵便屋さん・・・・??????)

きっと喋っていることなんて大したことなくて「はい、ありがとうございます」とか「どうも~」ということだと想像がつくのであえて、深追いしなかったけど言葉が不明瞭、と言うレベルは超えて異国語の域に達していたなー、あれは。しかも、結構大声だけに余計オモシロイ。

恐らく最低限言わなきゃいけないことを、ほぼ習慣的に声にだしているだけなんだと思うんですが、残念ながら言葉を交わす意味はなしていなかった。笑えたからイイけど・・・
でも、言葉ってコミュニケーションツールの中でとっても大切なものなんですけどね。最近、言葉が大事にされていないのが気になります。いわゆるバイト言葉(「よろしかったでしょうか?」に代表されるものですね)以外でも汚い言葉を平気で公の前で、しかも大声ではなす学生とか・・・
私も、美しい言葉を常に使っているわけではないので、「他山の石」じゃないけど人のことをとやかく言う前に自分のことを注意しなくては!

そして、相手に何かを伝えるツールとしての言葉を皆で大事にしていきたいものです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年3月10日 (金)

おめでとう、私(今日はいつも以上に長文だよ)

今日は、不肖ワタクシメの39回目の誕生日です。思考回路がお子ちゃまな私はいくつになっても誕生日がウレシイ。何が嬉しいって、普段よく会う人、なかなか会えない人・・・周囲の人達が覚えていてくれて声をかけてくれるのが、たまらなく嬉しいんですね。何せ寂しがり屋だから(笑)

で、今日は誕生日ネタ(自分でネタって言い切っちゃうあたりがコワイ)

小学生の一時期、「考古学」に夢中でした。小学生と考古学・・・これはなかなかシブい取り合わせですが、きっかけは校庭の隅にどこからか運ばれてきた土があり、その中から縄文土器(懐かしいでしょ?歴史の教科書の最初の方に必ず出てくる文字です)のかけらがでてきたのを、クラスの誰かが拾ってきたことでした。クラスでは、瞬く間に土器ブームが発生し、休み時間にはみんなで競って土の山の中から土器のかけらを探していました。このブームが私の熱しやすく冷めやすい好奇心に火を点けたんですね~。もう夢中。(笑)
どのくらい夢中になったかというと、縄文時代に飽き足らず、どこからか、今度は弥生式土器のかけらを探してきて、それを箱に入れて持ち歩くくらい。(笑)その箱がまたイカシテいて、仏壇用の小さいろうそくの箱を親からもらい、それに気に入った色の折り紙でコーティングをし、中に綿を敷き、縄文式と弥生式がわかるように解説を入れ、間仕切りを作り、それにも飽き足らず、箱のふたに当たる部分に囲い文字で「土器」と書き(→囲い文字にしちゃったもんだから器の文字だけやたら大きくなってた記憶あり)、それでも満足しなかったのか「土器」の文字の横にそっと「2ヶ入」と書きこみ、それを毎晩枕元に大事に置いて寝ていた、というくらい。(書いていて相当恥ずかしい)筋金入りの土器マニアだったのですね。
そんな土器マニアが誕生日プレゼントに父親にお願いしたのは・・・

「登呂遺跡を見たい」

というものでありました。殆ど予算度外視のお願いです。でも、あまりにも無邪気だった・・・かどうかはわかりませんが、何とか、そのお願いが実現する運びとなり、とある土曜日、父親の仕事が終わってから父娘二人で静岡へと旅立ったのでありました。そういえば、昔は世のお父さんは土曜日も働いていましたよね。

初めて見る「ナマねずみ返し」や弥生時代の集落に心弾ませ(小学生らしいといえばらしいけど、これってどうなん?)帰りがけにおすし屋さんに連れて行ってもらい父親の「登呂遺跡をみたらトロを食べろ」という伝統的オヤジギャグを心に刻み、生まれて初めての誕生日旅行は過ぎていったのです。

いや~心温まるええ話や。

でも、プレゼントをもらうのも、もちろん嬉しいんですけど、自分が一生懸命考えたプレゼントを、渡した相手が喜んでくれることの方が私にとっては喜びが大きいかもしれません。演出好きというのでしょうか。そのプロセスを自分が楽しんじゃっているのかと思います。ご馳走されるよりご馳走する方が好きだったりするし・・・(でも、いつもってわけにはいかないけどさ)要するに人が喜ぶ姿を見るのが単純に好きなんだと思います。
で、この話を先日、友人の鶴岡秀子さんと話していたときのこと、彼女もサービス精神が旺盛で好きな人(相手は男であれ女であれ、です)には心を尽くしたプレゼントを贈りたい!と思い頑張るタイプ(?)らしいのですが、学生時代に自分が描いた絵をカレンダーにしてあげようと思ったことがあったそうです。でも、そのカレンダーは何故か1ヶ月分のみ。それもあげた翌年のその相手の誕生日月だけ・・・・どうやって使えば良いんだ?しかも絵がうまいわけでもなか・・・っつたそうで(笑)もらった相手がその特製カレンダーをどう扱ったか見たかったねと大笑い。
「当たって砕けろ」も程度問題だったようです。

それにしても、ひたすら相手の喜ぶ姿がみたい、という気持ちは本当は接客業の基本なんだよね~と、気持ちを新たにすることができた誕生日、でありました。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年3月 9日 (木)

会うべき人とは必ず会える!

食事や飲み、のお誘いを受けてもどうしても乗り気になれないことがあります。特にオークラ在職中は社内滞在時間が長かったということもあり、存在しない(!)先約を口実にお断りしたり、先延ばしにしていってフェードアウト、を試みたものでしたが、逆に「じゃあ、ご都合の良い日を教えて下さい。日程合わせますので(ニコッ)」って切り返しを受けたりして、答えに窮する・・・まさか「日程はずーっと合わないよん(ニコッ)」なんてことは言えない、というより言う勇気も度胸もないのでどうしたものかと悩む・・・なーんてことが時折ありました。
考えてみれば(考えなくても)大変失礼な話であり、今更、しかもこの場でお詫びしても仕方がないのですが、企業に属していると、そこでの人間関係だけで一杯一杯になり「縁の大切さ・ありがたさ」から目を背けていたのかもしれません。深く反省。

人間関係やネットワークの大切さが身に沁みるようになったのは、実は会社や組織を離れてからです。「オークラの飯野」がただの(?)飯野になっちゃったというのは日本の組織社会に馴染んだ身には、覚悟はしていたものの応えました。だって、企業に電話して名乗ると大抵「どちらの飯野様でいらっしゃいますか?」って聞かれるんだもん。まさか「品川にお住まいの・・・」とか「東京都在住の・・・」とか言うわけにいかないだろうしね。こんな小さなことが気になったりしたのは、きっと16年もサラリーマンをやっていたからで、もとからフリーの人は何とも思わないんだろうな、などと考えれば考えるほど、自分が情けない存在に思えたものでした・・・って会社を辞めた当初のハナシね。今はそんなこと、これっぽちも思わないけどね(笑)フェイスアップがあるし、それが通じなくても以前ホテルオークラにいたっていえば済む話だし。ただそれだけ。
でも、そんなときに自分を応援してくれたり、励ましてくれる周囲の人達の力は本当に支えになりました。でもって、そういう人達を通じてビジネスのチャンスが広がったりするのを目の当たりにすると、人は一人で生きているわけじゃないんだということを痛感します。その上、求めていくと更に広がっていくのも人の輪のすんばらすぃ~(素晴らしい)ところです。

しかーし!縁とは不思議なもので自分だけが強引に迫っても(変な意味じゃなくてね)うまくいかないときはいかないし、逆にタイミングがあえば、何の苦労もなく良い出会いがある。
これはビジネスでも同じことがいえるかもしれません。許容範囲以上の無理をしていると、うまく合うものが合わなくなって悪循環の一途をたどる。会社を辞めてから本当に良い勉強をさせてもらっています。

「求めよさらば与えられん」の精神で、でも、自然体を忘れずに・・・
肩の力を抜いて、生きていきたいものです。そうすれば、自然と良い人、良い仕事にめぐり合えるんじゃないかな。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年3月 8日 (水)

少しマジメに考えた

岡山県の西粟倉村へ行ってきました。地域再生事業のお手伝いという仕事で、一昨年の夏から係わらせて頂いています。西粟倉村は岡山県の北東端、鳥取県と兵庫県との境にある人口約1,700人の村です。姫路から車で1時間半、岡山空港からだと車で約2時間かかるところに位置しており、平成の大合併の中、敢えて独立の道を選んだ地域です。

この小さな村がこれから先ずっと魅力的で輝いている為、自分達の子供や孫の代になっても故郷として、生活の場として誇れる、或いは他所の人からみても住んでみたくなるような地域である為に今何をすべきか、ということを話し合い、計画を立て実行し、その結果を検証し、また、次のアクションにつなげるというのが地域再生事業の概略なのですが、これが大変。
ビジョンや夢を語り、共有することができても、それを実現させるには目の前に横たわる現実(課題)を一つずつクリアしなければいけません。これは、とても地道な作業であったり、超現実的なことであったりするわけです。そういった課題に直面しているうちに、目指す姿を見失い、日常業務に忙殺され、気がつくと理想は遠く遥かに・・・・そして、いつしか共有していたはずの夢が消えていき、「だって、仕方がなかったんだ」なーんて自分自身に言い訳をするという結果に陥らないように、志を同じくするプロジェクトメンバーで思いを共有して、成果を出していこうと再確認してきたのですが、改めて人の思い、夢、意識、といったことについて考えさせられました。

もちろん、夢と現実のバランスはとても大事です。このバランスが取れないと夢は夢で終わってしまいます。理想ばっかり語っていても、それに向かって具体的に行動しないとあまり意味はありません。結果的に叶う、叶わないは別としてもね。
だって「志有る者は事竟(つい)に成る」と言うくらいですから(笑)諦めなければ夢は叶うものだと(根拠はないけど)思うのです。

一方でどんなに良い仕組みや便利な道具があってアクションをおこしても、その先にきちんと人の思いや夢、そしてそれらを大切だとする意識がなければ、いずれその仕組みや道具は廃れていってしまうものだとも思います。

キング牧師が「I have a dream」と演説されたのは、とても有名です。
夢があるから目の前の困難なことや失敗を乗り越えられる・・・毎日、オヤジギャグを飛ばし、へらへらしていても、こういう思いは心の片隅にさりげなく、それでいて熱く持ち続けたいと思います。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2006年3月 6日 (月)

夜更けのコンビニにて

昨日は深夜まで事務所で作業をしていました。やらなきゃいけない小さい仕事をいくつか片付けているうちに、ふと時計をみたら4時・・・さすがに帰ろうと思い、事務所を出たまでは良かったのですが、目が冴えちゃってすぐに眠れそうもない・・・じゃ、雑誌でも買って帰ろうと駅前のコンビニに立ち寄りました。しばし悩み、購入する雑誌を決めレジへ・・・そこで小銭がなく、しかも1万円札しか持っていないことに気付きました。ちなみに普段は小銭しかありません・・・って誰もそんなこと気にしていないよね。
話を戻すと、それでも、一応レジでお兄さんに「スミマセン、1万円札しかないんです。」とか言いながらお金をだしたら、お兄さんがぶっきらぼうに一言「細かいのないんですか?」

おいっ!言い方ってもんがあんだろー!言い方が!!!(この言い方にも問題ありだね、スミマセン)

せめて「細かいのがあれば、助かります」とか、もう少しお互い歩み寄れるような物の言い方をしてくれないと、お客さん、頑なになっちゃうよ!思わず、財布の中を見せちゃいました。お兄さんは「しゃーないな」という感じでお釣をくれましたが、もう気分台無し。

店を出てから「また、小さいことにこだわってるなー(ブログ2/10ご参照ください)」と思いながらプラプラ歩いて家に帰りました。

でも、「物は言いようで角が立つ」ですよね。

オークラで営業しているときに心がけていたことの一つがお客様に対して否定形で言わないということだったのを思い出しました。「これしかありません」より「これならあります」とか「こういう方法でしかできません」より「この方法で何とかしましょう」とかね。小さいことですけど、ニュアンスが肯定的だと、ピンチでも結構良い方向に転換できたり・・・もちろん、ニュアンスだけではありませんが、言葉って大切にしないといけませんね。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年3月 4日 (土)

気を利かせる

少し、バタバタしていたらブログの更新を3日もお休みしてしまった・・・「そろそろネタ切れか?」とか「やっぱり続かないな」とか思われているかな~(苦笑)

気を取り直して、今日の話題を・・・

役者をしている友人から以前聴いた話でとても印象に残っていることがあります。彼女いわく「気が利かない人は役者に向かない」のだそうな。例えば、誰かが台詞を間違えた、ハプニングが起きた等々、さすが「芝居は生物」だけあって想定外の出来事が、しかもリアルタイムで色々発生します。(だから芝居は面白い、と私は思うんだよね)これらをうまく処理していくには、「この後、どういう展開が起こりうるのだろう」という想像力と、それに対して「自分はどう動くか」という応用力が必要だ、と彼女は言うのです。
この話って役者だけでなく全ての人に相通じる話かもしれません。「自分の立場を客観的に捉え、この先に起こる可能性を予測して行動する感性」って本当に大切だと思います。言葉にするとえらく難しく聞こえるけど、要するにちょっとしたことにでも気を遣うところから全て始まるのでしょうね。

少し前に「アンナミラーズ」でお茶していたときのこと(どうでも良いけど、あそこのウエイトレスのユニフォームは変らないよね~)、薬を飲むために水を頼んだら、まだ若いウエイトレスさんが「お薬を飲むなら氷の入っていないお水が良いですね」って言って持ってきてくれたんです。これもちょっとした気遣いと感性の賜物です。高級ホテルとかではなく、アンミラで、しかも今どきの女の子からそんなセリフを聞かされたから余計感動したのかもね。

しかし!そのときは、そこまで親切に言ってくれたウエイトレスさん、忙しかったのか、うっかりしたのか・・・水を持ってくるのを忘れてしまい(笑)、だいぶ経ってから私と目が合った瞬間に思い出して「あ、お水、でしたよね、すみません」と言ってようやく持ってきてくれた、というオチがあったのですが、それでも、気を遣ってくれていたことがわかっているせいか、あまり腹も立たない。(全く私は勝手な生き物であります)
反対に「おいおい、そこでそうするか~?」とか「何も今、それを言わなくても」と思うこともあります。かく言う私も周囲の人にそう思われたことが何回もあったかもしれないけどね・・・

「一を聞いて十を知る」なーんていうレベルじゃなくても良いけれど、せめて「気が利く人」でありたいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年3月 1日 (水)

創立記念日に思ふ

2月28日のうちにブログを更新しようと思っていたら、気がついたら3月1日になっていました。今日は会社の創立記念日です。・・・とはいってもようやく1周年!
よく名刺交換すると「お、社長だ、すごいね」とか「へ~カッコイイ!C.E.Oじゃん!」とか言われるんだけど、誰でも会社を創れば、おのずとそういう肩書きになるのです。別にちっともえらくなんかない。(苦笑)
事実、私が今日、こうして生きながらえているのは周りにいてくれる人達のお陰であって、一人じゃとてもじゃないけど社長なんて務まらない。

ただ、起業する人としない人の違いを挙げるとすれば、起業した人は自分の好きなことが仕事で実現させることができる、ということかもしれません。言い換えるなら「人は自分がやりたいことをするために起業する」のだと思うのです。ここでいう「好きなこと」と「好き放題、勝手放題」は意味が異なります。やりたいことを社会で行う為には義務と責任が発生するものです。いわゆる「経営責任」ですね。会社として世の中に認められるためには利益を出して、それを税金という形で社会に貢献する、業務で社会に貢献する、従業員を雇えばそこでも責任が発生するわけで、これだけ書くと結構しんどいことに聞こえるけれど(いや、確かにしんどい部分もあるけど)、その反面、起業して良かったと思えることも沢山あります。私の場合は人との出会いが増えたことだと思います。(それだけじゃないけどね)

会社勤めでも、もちろん出会いはあるし、そこでネットワークを築くことはできます。でも、独立してみて、今まで以上に世界が広がったと実感できています。中には出会わなくても良かった人に出会っちゃって大変な思いしたこともあるけど(苦笑)、そんな出会いですら自分の中の何かに役立ってると思えるのは、起業して組織の後ろ盾ない中で生きていくために何でも取り込もうという前向きになっている自分の考え方の変化、の成せる業かもしれません。転んでもただでは起きない・・・みたいな?(語尾を上げて今風に読んでください)

それでも、「前向きに」とは思っていても「後ろ向き」になることもあるし、人の一生はそんなに単純じゃないけど、基本的スタンスとして一歩ずつ、自分の身の丈を確認しながら自己実現を目指していきたいな~。
その為にはまだまだ、会社の土台をしっかり築かなきゃ!「石の上にも三年」とはよく言ったもので、Faith Upはまだまだ、これからです!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »