2006年4月12日 (水)

「最後の漢字です」事件

昨日、岡山で今日は浜松に立ち寄り、最終で帰京しようと思っていたら、仕事が延びて帰れなくなりました。そんなわけでオークラアクトシティホテル浜松に泊まっています。古巣のグループホテルで懐かしい顔に会ったりして、予想外の出張もまた楽し哉です。

で、突然ですが前回の続き・・・子供のときの無邪気なそれでいて今となっては恥ずかしくも面白い話をひとつ・・・
粉雪亭さんが前回のブログのコメントに記した「これが最後の漢字です事件」・・・話すのにちょっとばかり恥ずかしいことなのですが(苦笑)ま、笑ってちょうだい。

実は私は幼稚園中退という輝かしい経歴を持っており・・・というのも幼稚園の年少さんから年長さん(今もそういう表現をつかっているのかな?)にあがる4月2日に現在の実家に引っ越した為、タイミング悪く定員オーバーか何かの理由で近所の幼稚園に入れてもらえないという事態になったからなのです。その結果、1年間同世代と遊ぶことなく30歳年上の(笑)母と二人で過ごすことになりました。事件はその頃の出来事だったかと思います。(ちとばかりそのへんの記憶が定かではないのですが)

当時、ピアノを習っており(今は猫踏んじゃったしか弾けないけど)その練習をする、しないで母親に叱られ自暴自棄になった私は家出を試みたのです。結果的に近所のお米屋さんで「あら~ともちゃん、どうしたの?」と問いかけられ自信満々に「うん、家出してきたの」と答え捕獲されたのですが(しかも、そのときの家出先として母方の祖父母の家を目指していたあたり、かわいいというかアホやね~)、家出に際し、家族に別れを告げなければならないと思っちゃったらしいんですねー。で、何をしたかというと、当時落書き帳として使うように与えられていたノート(しかも結構重厚感あふれるノートブックでした)に家出をするということと、自分がこの家にいた証として知っている限りの漢字を書き記しお別れの印としたんですねー。ノートの1ページにきったない大きな字で「山、山、山、」とか「川、川、川」って書いてあるのをイメージして下さい。・・・ああ恥ずかしい(笑)で、それらの漢字に添えて冒頭の「これが最後の漢字です」という名(迷)文を残したのです。この話題に触れられるのが嫌で小学生、中学生くらいまでは母や姉にそのことでからかわれるとムキになって逆切れしていた記憶があります。でも、この歳になると絶好のネタになっちゃうんだからオソロシイ。しかもブログに書いちゃうなんて・・・それにしても、マセた子供でしたねー。して、あのノートは今、どこにあるんだろうなー。

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2006年4月10日 (月)

必死に考え、答えてみたけれど

今日はテストにまつわる忘れられない思い出?を2つばかりご披露したいと思います。ご披露っつーほど大したものではないけど、それにしても、結構くだらないことを覚えているもんだと我ながらビックリ!一つは私自身の恥ずかしい話で、もう一つは中学の同級生が答えたオハナシです。

まず、飯野家で未だに伝説となっている(そんな伝説いらんけど)小学校2年のときの国語のテストの話。

問題 「病人やけが人を病院へ運ぶ車を何といいますか?」(正解:救急車)
私の答え「九九車」

確かに読み方は「きゅーきゅーしゃ」と読めるが、これでは「くくしゃ」だーーと当時4歳年上の(って今も4歳年上だがね)姉(ここでは別名粉雪亭ともいう)に思いっきり馬鹿にされました。いや~かわいいなー私(笑)そのときの先生も×をつけるのはしのびないと思ったのか△をくださったような記憶があります。
でも、私の友人はそれを上回る(?)珍回答をしてくれたんです。中学生のときの話なんですが、歴史の問題で「紀元前1500年頃、中央アジアで遊牧生活を送っていたが、騎馬戦法によってインドに侵入、侵略したのは何人か」という問いに対し、正解は「アーリア人」だったのに何故か、解答欄には「3人」・・・3人????そうです、彼は「なにじんか?」と読まずに「なんにんか?」と読んだのです。でもさー、仮に読み間違えたとしても侵略するのに3人ってことはないだろーって思うのですが・・・遊牧民族が3人、手に手をとりあってインドを侵略している姿を想像すると(しなくていい?)何か微笑ましい気持ちになるから、まぁ、良しとしておこう(笑)

こうやってブログを書いていると、昔を思い出す良いきっかけになります。大概、他愛もないことなんだけど結構良い刺激になっているかも・・・でも、これは断じて「温故知新」などという大それたものではありませんね。(苦笑)

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2006年2月27日 (月)

たてわり清掃

タイトル読んで、今日の話の内容がわかった人はエライ!・・・というか、いないと思うよ。「たてわり清掃」・・・この一読してわかるようなわからないような言葉は何かと申しますと、小学校卒業アルバムに掲載されている私の作文のタイトルなのです。普通、卒業文集に書くときって「小学校の思い出」に代表される6年間で印象に残ったことか、「大人になったら」等、大きくなったら何になりたいか、を熱く語るものですよねー。少なくとも私はそう思っていました、昨日まではね。

実は週末、久しぶりに実家に戻っておりまして、話の流れで昔のアルバムを紐解いてみようということになり、小学校から短大までの卒業アルバムを見始めました。写真もそれはそれで十分に笑えるものでありましたが、母と私とその日一緒にいた友人のAちゃんの目に飛び込んできたのが「たてわり清掃」の文字だったのであります。普通、卒業アルバムに載せる作文にこんな題で書く人いないよねーということになり、その時点で既に大爆笑。でも、物事を何でも好意的に捉える私たちはきっと他の人も色々なテーマで書いていたんだよ、ということになり他の人達の作文を見たのですが殆どが「6年間で楽しかったこと」とか「中学生になったら」という無邪気、かつ子供らしいタイトルが並んでおりました。その中で「たてわり清掃」の文字は一際異彩を放っていましたね、うん。

・・・ということは、私にとっては小学校6年間の最大の思い出が掃除についてだったのか、といささか愕然としながら本文を読むことに(でも、既に笑いでまともに読めない)
内容もさることながら、書き方がエラソーなのでビックリ。だって小学生が「○○だからだと思われる」とか書いているんだもん、うぷぷ。
そして、肝心の内容について要約すると

・たて割り清掃とは何ぞや→昼休みの後に全校で掃除分担を決めて各学年混合で掃除をすること(だそうです)
・自分は当初たてわり清掃がきらいであったことと、その理由→同じクラスの仲間とやれば気心(きごころって小学生が使う言葉か!?)知れていて楽だということと、下級生は真剣に掃除をしないから、というのがメインの理由だった(らしい)
・でも、少しずつたてわり清掃の良さに気付いたということ→色々な学年の人と知り合える(そうな)
・現状のたてわり清掃における問題点と改善案→昼休みの後に掃除をするので時間が限られていてきちんと掃除ができない。(自分の部屋はちらかし放題だった割にはマジメなこと言っているし・・・)解決策として放課後に掃除を行うことを先生に提案(27年前の私はかくもマジメかつ熱い人だったのかしらん)
・提案事項が却下された理由と感想→低学年と高学年では授業終了時間時間が異なるので昼食後しか全校で掃除ができないと言われ、それもそうだと納得した(らしい)それにしても先生もよく付き合うよね、こんな子供に・・・
・自分が最上級生になって変ったことと下級生の態度について→当番休み制が導入され、下級生が休みを目指して頑張って掃除するので効率が上がったのが良かったとコメント(ここまでくると病的なこだわり?)
・たてわり清掃のシステムが長く続くことへの祈願

・・・ざっとこんな感じの内容になっているのです。すごいでしょぉぉぉぉ?この作文だけ読んでいると牛乳瓶底のめがねかけたマジメな人みたいだけど、それにしても「たてわり清掃」だけでよく、ここまで書けたもんだと驚きを通り越して感心しちゃいました。

ま、このブログもお題は大したことなくてもズラズラ書いているし、筆不精は筆不精でも書き始めると長くなるところは小学生の頃から変っていないということなのかもしれません。「三つ子の魂百まで」というやつですね。だから自分は文章を書くことが嫌いではないのだ、と言い聞かせて頑張ってブログ書いていきます。

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