2006年5月 5日 (金)

20年前のイギリス一人放浪記(vol.1)

約10年振りに沢木耕太郎さんの深夜特急という本を読み直しています。旅行に行きたいのに行けないのでせめて気分だけでもと思い読み始めました。沢木さんが若かりし頃、一人で日本からイギリスを陸路中心に旅するという、ヒッピー族のバイブルとまで言われた・・・かどうかは定かではありませんが、なかなか読み応えのある旅行記です。それでも、昔と今では随分と感想が違うものだということに驚かされます・・・ってシャーロック・ホームズのときにも同じこと言った記憶があるけど・・・(4/4の記事ご参照ください)どちらかというと前回読んだときは、タイトルに惹かれて手にしたものの、なかなか読むスピードがあがらなかったのですが、今、読み直してみると結構すんなり読めるのです。不思議ですねー。ちなみに今回、本は大学の図書館で借りちゃいました。いや~学校の図書館って便利ですね。在学中にもっと図書館を正しく利用していればもう少しお利口になっていたかもしれません。何せ高校生の頃、生徒会の図書部長をやっていたときなんて、司書の先生が面白くて、、その先生に会いに放課後遊びに行っていた記憶はあるけど、図書館で勉強した経験って殆どない・・・

話がそれました。今日はイギリス留学中に旅したことについて。

20年前のイギリス英語学校は春学期、秋学期、冬学期が3ヶ月コースで、夏は短期滞在の人が受けやすいように3週間位で一つのコースとなるようにカリキュラムを組んでいる学校が多かったようです。当然、学費も割高だし、良い先生は夏休みを取ってしまうので、せっかくならその期間、イギリス国内を旅行して歩こうということになりました。両親にも承諾を得て、晴れて住所不定無職の旅が始まったのです。(両親も理解があるというか、勇気があるというか、無謀というか・・・嫁入り前の娘に大胆な旅をさせてくれたものです。感謝)一応、留学斡旋エージェントに留守中の緊急連絡先になってもらい、手紙の保管等もお願いしていざ、出発!・・・とはいうもののどこからどのように回れば良いかわからず、とりあえずは朝、目覚めたときにイギリスの地図をベッドの上に広げ、目を閉じて「エイヤッ」と指した場所へ電車とバスを乗り継いで行く、というロマンに溢れてはいるものの、今思うと、大変、不経済かつ非効率的な旅行をしていました。でも、これはこれで、恐らくなかなかできる経験ではないし、ガイドブックの指示通りに行く旅とは違って、全く観光色のない場所へもたくさん行って、色々な人の親切(その反対も結構あったが)に触れることができたのは、今となっては大事な思い出と経験です。
不思議なのは時が経った今、鮮明に思い出すのは名所旧跡を訪れたことではなく、電車の窓からずーーーっと続く平原を飽きずに見ていたことや、イングランド南西部の小さな町でりんごをかじりながら海をぼけーーーーーーっと何時間も見ていたこと、ヨークの近くの小さな村の教会で(”クリスチャンじゃないけど”)、古いステンドグラスに感動したこと、小さい村のB&B(イギリス版民宿とでもいえば良いのかな)でそこの女主人の方に親切にしてもらったこと・・・こんなのばっかりなのです。

でも、こういうことってそのときの自分にしか経験できなかった、かけがえのない思い出なのかなって心の底から思います。これからしばらくは、のんびり旅行もできそうにないけど、いつか又、のんびりイギリスを旅したいな~。

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2006年2月23日 (木)

些細なプライド粉々事件

前回、バースのことを書いていて突如思い出したことがあります。

英語を勉強していて「我ながら上達したな」と思う瞬間ってありますか?私の場合は「英語で夢を見る」「寝言を英語でいう」「目覚めたときなど、心構えをしていないときに咄嗟に英語がでる」の3つを目指していました。どうやら「英語でものを考えることができないとできません」と、学校の先生が仰っていたのが印象に残っていたからだと思います。どれか一つでもできたら格好イイですよね。(ただのイヤミに聞こえるかもしれないけどね)
しかし、完全熟睡派の私は日本語で見る夢さえ殆ど覚えていないので、もしかしたら英語で夢見たかもしれないけど覚えていないし、寝言を何語で言っているか自分で理解できたら、それはもはや「寝言」とは言わないだろうし(もしくは隣で誰か見張っていてくれないと立証できない・・・録音するには長時間過ぎるだろうしね)、そうなると3番目の「咄嗟に英語がでてくる」というのでしか自分が上達したと実感できない、という理屈になります。

なかなか「咄嗟に英語を喋る」機会にめぐり合えなかったのですが、そのチャンスはついにやってきました。

1年間の留学をほぼ終え、いよいよ帰国という数週間前に敬愛する(うぷぷ)姉と、せっかく可愛い(かどうかわからないけど)妹がイギリスにいるうちに合流して一緒に旅行しよう、ということになりました。最初の滞在先はそのときホームスティをしていたボーンマスでした。ここで、ホテルトレーニングスクールに通っていたのですが(前回のお話通り、バースでホテルに目覚めた私は知識と技術を得るため最後の学期をホテル学校で過ごしていたのです)、ホストファミリーのご好意で2日間程、姉もスティ先に泊めて頂くことに・・・丁度、私が使わせて頂いていた部屋はツインベッドなので二人で仲良く枕を並べ、その日は久しぶりの再会に夜遅くまで語り合いました・・・かどうかは全然覚えていないのですが、ここで、ついにやっちゃったんですよー。
姉が夜中にトイレに行く為に部屋の電気をつけたその瞬間!!
「What's up!?」(どうしたの?)と言った・・・らしいんですね、私。(本人はあんまり覚えていない)姉は感動したらしく「やっぱり1年勉強していると、ビックリしたときに英語がでるんだねー!とんちゃん(家でそう呼ばれています)、すごい!!!!」と褒めてくれました。(親バカならぬ姉バカ?)私は内心、ニマニマしつつ「そう?、ま、これくらいできないとね」とかなんとか言って表面上はクールに(どこかじゃい?)流したのでした。

話がここで終わればただの小さな自慢話なのですが、実はここからが本題(?)。

旅は順調に続き、ロンドンのとあるホテルに滞在していたときのこと。
姉は再び夜中にトイレに行こうとしました。(それにしてもよく夜中に起きる姉です)滞在していた部屋はベッドが2台くっついている一見するとダブルベッドルームに見えるハリウッドツインと呼ばれるタイプのお部屋でした。
姉は半分寝ぼけ眼で意識朦朧としながらも、トイレに近い側で寝ていた私を乗り越えた方が早いと判断したらしく私をまたぎながら一言「エクスキューズ・ミー」と言い放ったのです。

・・・・「エクスキューズ・ミーだぁー????」
その一言をこれまた朦朧とした意識の中で聞いた私の気持ちをご理解頂けますか?
「滞在1年かけて、私はやっと「ホワッツ・アップ」が言えたのに、この人はどうしてイギリス滞在5日間で「エクスキューズ・ミー」が言えちゃうの?????ガーーーーン」

「門前の小僧習わぬ経を読む」・・・姉さん、あなたは大した人です。

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2006年2月21日 (火)

思い出した、大切なこと

先日、ある人と話しているうちに自分の経歴を簡単に話すことになり、(といっても簡単だと思っていたのは私だけで、聞いている方はゲップがでていたかも・・・汚い表現でスミマセン)自分がホテル業界に入るきっかけを思い出しました。

それは、19歳の頃、1年間イギリスに語学留学させてもらっていたときのオハナシ。
出発前の成田空港で(羽田じゃないよ!)偶然買ったアーサーヘイリーという作家のホテルという小説との出会いでした。この小説はアメリカの古いホテルを舞台に、そのホテルの買収劇やら、働くホテルマンの人間模様やら、そこに集まるお客様が引き起こす様々な事件が絡み合って進行していく傑作です。今、アマゾンみたら中古で1円から販売していてちょっとフクザツだったけど、興味のある方は是非、ご一読を。
この本を読んでから、漠然と「ホテルで働くのって良いかも」と思い始めたのです。

そして、ある日のできごと。私が主に滞在していたのはイギリスのBath(バース)という街だったのですが、ホームスティ先の近所に7室しかない、イギリスの大邸宅を改装したプチホテルがありました。
ちなみにBathは大好きな街で、何度でも行きたくなる場所です。東京が第1の故郷なら、Bathは第2の故郷、上海が第3かな・・・
話を戻すと、そのプチホテルはオーナーと思しきおじいさんとシェフとフロント兼お給仕兼掃除係のおばちゃん1人(きっと他にもいたんだろうけど、私の視界には常にこの3人しかいなかった)の3人で切り盛りしているようでした。お部屋の色調にあわせて、それぞれ「シャンパンルーム」とか「ローズルーム」とか「オーシャンルーム」と名付けられていて、食後のお茶を頂く居間には古い暖炉があり(小坂明子の「あなた」みたいだけど)、ダイニングルームは天井が高く、決してゴージャスではないんだけど、しっかり清掃が行き届いていて、シルバー(ナイフやフォーク類)やクロスは高品質なものを大切に使っている・・・本当に18世紀のイギリスを垣間見るみたいで、それは優雅な気持ちになれたのです。(今日のブログは私の友人であるマダム由美子さんのブログのように気品漂う感じだわ、ふふふ)

でも、私が一番印象に残っているのは、そこにいたおじいさんとシェフとおばさんの「何気ない優しさ」と「気配り」です。ユーモアたっぷりでいて、親切なおじいさん、無口だけど、こちらがディナーを一口食べておいしそうな顔をすると「にやっ」と笑い、次の料理を用意してくれるシェフ、快活でどんなことでもテキパキと判断し、その一方で朝食のトーストに「グッドデイ」という型押しを入れてくれたりするお茶目なおばさん(特に私の英語なんて、かなりいい加減だったと思うんだけど、嫌な顔せずニコニコ聞いてくれました)、。私のホスピタリティの原点はたぶん、あそこにあるんだと思います。

ちなみに大胆で後先考えなかった当時の私は、「将来はここで働く!」宣言をある日、おじいさんにしました。おじいさんは笑いながら「お~ディア。おまえが本当に働きたいならいつでも来なさい」というようなことを何度も言ってくれました。冷静に考えたら20年前のイギリスで日本人が就職するなんて、とても無理だったと思うのですが、その時は、おじいさんがそう言ってくれるだけで大満足。でも、大胆な癖に小心者の私はその後、しっかり日本で就職するのでした。チャンチャン。

結局、ホテルオークラとご縁があり、16年勤務させていただくことになるのですが、あの時に受けたサービスや心配りは私が忘れてはいけない大切なホスピタリティマインドの原点です。

「初心、忘るべからず」 たまに昔を思い出すのは大切な作業ですね。

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