2006年4月25日 (火)

芝居づくりの経験が今でも役立っている!

先日、同窓会総会があり出席してきました・・・・1時間遅刻したけど。(新副会長ごめんね)学校に行くと、やはり学生時代に戻ったような気になります。学生時代の一番の思い出って何かなーと思うと・・・・うーん色々あるのですが、やはり芝居づくりになると思います。私は出演というより脚本、演出という、昔から偉そうな役職が好き・・・っていうわけではないが、(苦笑)ま、代表兼ねて製作指揮をしていたのです。この経験がなければ、もしかしたら今の自分はなかった・・・というか、かなり人との関わり方において違うアプローチをするようになったのではないかと思います。今日はそのあたりのオハナシをしたいと思います。

芝居(舞台)をつくるにあたっては色々な係が必要です。キャスト(出演者)もそのうちの一つで他に大道具、小道具、音響、照明、衣装・・・しがない素人集団はキャストが衣装係を兼務したりするのが当たり前なのですが、それでも色々なスタッフの努力のお陰で当日幕があくわけです。
そんな中で演出の役目は一人一人の良いところを見つけ出し、自分の演出プラン(格好良い表現だが実際は大したことはないです、ハイ)を了承してもらい、かつ、仲間の意見も取り入れながら皆が舞台の成功という一つの目的に向かって気持ちよく進めるようなコーディネートをしていくことなのです。・・・あ、念の為に言い添えておくと、世の中で成功している演出家の方々は類まれなる才能をもってしてその人なりの自己表現を、役者を使って行うわけですから、こんな素人劇団の演出とは全然違いますので、おわかりだとは思うけどその辺ちゃんと理解して読んでね。(笑)

キャスト(役者)って素人でもそれなりに感性があるんだなーと思うのは人がせっかく用意してきた脚本を、読んで自分なりのイメージで勝手に(失礼)動くんです。で、くやしいかな、その動きの方が用意してきたト書きより良かったりするわけで、そうなると、もうその事実を認めたくない気持ちで一杯になる。(笑)でも、そこで、「待てよ」と思いとどまるのです。「ここで、自分が相手の良さを潔く認めれば相手もハッピー、良い作品になれば私も皆もハッピー」という感じでね。これは良い訓練になりました。社会に出ても様々な局面で同じような状況を迎えます。そのときに「これは何のためにやっているのか」とか「良いものを積極的に取り入れることによって、周囲が更にやる気になってくれる」とか・・・まあ、口で言うほどすんなりといかないケースもありますが、あの時の経験がこういった考え方が多少なりともできるようになった基礎であることは確かであるような気がします。して、そうなると、逆に「ここはどうしても私の考えを了承してほしい」というところが明確になってきて、その点に関しては粘り強く説明を続けるわけで、結果的にはメンバーもしっかり理解(観念?)、皆で一致団結!という流れになります。そこまでくれば、大概のことが信頼関係で進められるのです。ちょっと理想論になっている部分もあるけれど、こういうことは本当に大切だと思います。だって、人は一人で生きているわけじゃないもんね。他にも舞台が本当に色々な人の努力で幕が開くという事実(これは素人集団でも同じです)を目の当たりにしてきたことや、その日のカンパニー(おお、少し演劇人っぽい?)の調子を見ながら、お稽古をどこまで進めるか調整すること、等々、舞台づくりをしたおかげでチームワークの大切さを肌で感じることができたのは本当に幸せなことだと思っています。

とは、申しましても私も至らぬところだらけで、結構短気なところもあり、きっとこのブログを読んでいる人の中には「そんなに物わかりよくないじゃん!」って苦情を言いたい人もいることは重々承知しております・・・(苦笑)常に今言ったことを実践できる人でいたい、という戒めも込めて書いているのでご了承くださいまし。

余談ですが、先日、このブログを読んでくれている落合楼 村上Yちゃんが「ブログ、面白いけど社長さん、そこまで書いちゃっていいの~?社長の体面って考えないの~(笑)」って心配してくれたので、今日は少しマジメな内容にしてみましたー。Yちゃん、どうよ?(笑)

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2006年4月19日 (水)

贅沢者、恩知らずと言われても言いたい・・・

何気なくテレビを見ていたらお弁当のおかず(=冷凍食品)のコマーシャルをやっていて、ふと思い出したことがありました・・・・最近、思い出すことばっかりだけど(笑)

そんなわけで(?)今日はお弁当にまつわるオハナシ・・・・

お弁当箱も色々な種類がありますが、基本的には中が間仕切りで分かれているものが多いかと思います。で、普通は仕切りの大きい方にご飯、小さい方におかずというのが主流派(別に派閥があるわけではないだろうけど)だと私は思うのですが(違う?)、ウチの母親は何故か大きい方におかず、小さい方にご飯を詰めてくれるのです。母曰く、「だって~おかずが多い方が色々食べられていいじゃなーい」・・・有難きは母の愛かな。でもね、お母さん、おかずに対してご飯が少なすぎるの~!!そりゃ、自分が贅沢言っていることは百も承知だよ。でもね、しょっぱいおかずが多くてご飯が少ないと、それはそれでツライのよーーー・・・と主張したところ(はい、贅沢者だということはわかっています。ええ、私のわがままだということもよーくわかっています。だから、「罰当たりモン」って怒らないで読んでね)、母は私の要望通りに仕切りの大きい方にご飯を小さい方におかずを入れてくれました。・・・・そんな日に限って薄味のおかずばかりでした・・・・確かに白いご飯は大好きだよ。でもね・・・いや、私がいけないんだっていうこともわかっているんだよ・・・でもね・・・
母の愛の深さに溺れそうな私は更にお弁当と格闘するのです。・・・それは・・・一言で言うなら詰めすぎ。(はい、これもわかっています。本当に私はわがままな贅沢者、罰当たりです。でも、最後まで怒らないで読んで下さい)これまた、母曰く「お腹が空いちゃかわいそうだから精一杯詰めたのよ~(笑)→笑いながら言うあたり本当にかわいそうと思っているか、いささかアヤシイが」ちなみにどれくらい詰めすぎかというと
1.箸がささらない、もしくは刺さってもそのまま箸が直立不動(お弁当に箸をさしちゃいけないのはわかっているけど、友達が感動して試してみたらそうなった。)
2.あるとき、友達とふざけていてひざの上に置いたお弁当を床に落としてしまったとき、友達が落ちたお弁当と床の間に下敷きを差し込み、さっとひっくり返したら、お弁当は見事形を保ったまま下敷きの上に・・・そして何事もなかったかのようにお弁当箱へ・・・・友達は「上の部分(→つまり床についちゃった面ですね)だけ剥がすか(ってどうやって剥がすんだよ!!)ふーふーすれば食べられるよ」と腹を抱えて笑いながら慰めてくれたことがあった。
という位隙間なく詰まっているんです。・・・・って、書いているうちに思ったんですが、きっと誰も私に同情はしてくれないだろーなー・・・

でも、私は批判を承知でもう一つ言いたい。(家でやれって感じ?)友達がチキンライスをお弁当に持ってきたのがうらやましくて(苦笑)・・・半分にチキンライス、そしておかずにはタコちゃんウインナーと卵焼きとプチトマト・・・みたいなイメージです。家に帰って「お母さん、今度、お弁当にチキンライス持って行きたい!」と言ったところ、母は「お安いご用よ」という返事・・・そしてある日の朝「今日はチキンライスにしたわよ」という言葉に喜び、学校へ・・・そして昼食の時間となり、私は「今日、チキンライスなんだー」と友達と話しながらお弁当を取り出しました。
まず、嫌な予感その1・・・お弁当箱がグレー色(おいおい、色彩感覚悪いなー、中がオレンジ色なのに外がグレーかいっ・・・でも、ま、いいか)そして嫌な予感その2・・・相変わらず重いお弁当箱だなー・・・そして蓋を開けるとそこにはお弁当箱の間仕切りを外して箱一面に広がるチキンライスが誇らしげに・・・しかもギューギュー詰め・・・・え”~タコちゃんウインナーは?卵焼きは?可愛らしい彩りはーーー???
ま、今だったら何にも思わず喜んで食べているんだろーなーと思うと、かわいいお弁当を望んでいた自分がいじらしいもんだと鼻で笑っちゃうんですけどね。(苦笑)

母曰く「だって~(笑)チキンライスには色々入っているから栄養バランスはOKだと思ったのよ~(笑)」・・・確かにお母さん、あなたは正しい・・・でもね!ご飯茶碗にしたら、十分に3杯分以上はあるチキンライス、ええ、そりゃー美味しゅうございました。胃の形一杯にチキンライスが詰まった感覚、今でも覚えています、はい。

げにありがたきは母の愛かな・・・・・いや、わかっているんですよ、でもね。(苦笑)

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